ひとりごちるゆんず 2006年1月
銘板
2006.1.1 日曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060101
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

初撃沈

あけましておめでとうございます。ことしもひとつよしなに m(_ _)m

義理の弟が酒を持って来たんで、ブッ潰れるまで飲んだっす。あ゛〜しんど(これ書いてるの2日)。そして2日の、友達との新年会へと続くのだった。

銘板
2006.1.2 月曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060102
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

新年2日目も飲み

今年は冬のオリンピックとサッカーのワールドカップの年だねぇ。おととしのアテネオリンピックのノリで、どっちも日本勢にはがんばって欲しいでがすなぁ。

つうことで景気付けに、というかそれには特に関係なく飲んで来たんだけど、どうも昨日の酒が残ってて、おいらのノリは今ひとつ。半分寝てたし。とどめに食ったラーメンも何だかイマイチだったなぁ。あそこのラーメン、日によって味がずいぶん違う気がする。ていうか酔っ払い具合で舌の感覚が違ってるせいか?

まぁなんでもいいからがんばれニッポン! う〜いヒック。

銘板
2006.1.3 火曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060103
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

新年3日目も飲み

今日は映画を観る日。竹中直人の『サヨナラ COLOR』とニコラス・ケイジの『ロード・オブ・ウォー』を鑑賞したっす。

原田知世ちゃんいーよねー。ほんといーよねー。いまだにかーわいーよねー。『ロード……』はハリウッド的映画のくせに骨太な感じがナイス。アメリカ資本に一切頼ってないってだけあって、メッセージが強烈に伝わっただよ。まぁ人間ドラマ部分も衝撃の事実のえぐり出しも薄いっぽかったんで、残念ながら他の幾千の映画と同じく「時とともに埋もれていく作品」レベルだと思うけど。平和ボケな日本人からすると、建前上は武器輸出を一切してないからそう思っちゃったのかもしれんな。アメリカ人の観客からするとかなり強烈なインパクトかもしれんて。

で、観終わったのが8時。帰ってもよかったんだけど、ちょいと一杯ひっかけようかと(笑)

で、よく行くお店に足を運んだわけですはい。八戸フォーラムの『フォーラムだより』(今後1カ月の上映予定や予定作品の紹介を載せてる冊子)を持ってって置いてもらおうってわけで。

そこのバイトの女の子がかわいいわけですこれが。ええ(実はそれが目的)。そんで去年のうちに、「お帰りなさいませご主人様ぁ!」のセリフを彼女に仕込んどいたわけです。いやほんの遊びで。うん(何やってんだ>自分)

12月30日にオタケンとヲトコ呑みした折、その店に行ってさ、彼女がお言いになったわけです「お帰りなさいませご主人様ぁ!」。したらオタケン君一発で萌え上がっちゃってそりゃあもう大変なもんじゃった。んで1月2日の飲みじゃそれをサカナに彼を散々コケにしたわけだが。いや、酔った上でのこととは言えすまんかった (-人-)

ていうか追い打ちかけちゃう。今日その話を彼女にしたら、あのときのあのセリフ、おいらに言ったんだってさ。おいらには言い慣れてるから(おいらはメイド萌え属性ないんで、言われても単純にウケるだけ。ていうかその女の子自身に萌えだったりする (^^;))気軽に言っただけなんだとさ。

いやなに、ちょっとした優越感ってやつどした。重ね重ねご無礼つかまつった。すまぬすまぬ(←めっちゃ横柄)

銘板
2006.1.4 水曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060104
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

真夜中の地産地消

仕事始めはいつも通りのルーティンワークと年賀状の整理。それはいいとして、仕事始めの締めくくりがアンケート回答。クソ忙しい年の瀬なんかによこしやがるからぶん投げてたやつ。仕事始めの暇な時でさえウザいんすけどアンケート。でもまぁ時間が余ったから付き合ってやったよ。財団法人あおもりうんにゃかほにゃらかぷるぷるぴーだか言う団体から来たやつ。

地場の食品・飲食業に関するやつで、地産地消(地場産品をその土地で消費すること)の振興が主題らしい。

選択式の問いにいろいろ答えたあと、こう来やがった。

「地産地消について、ご自由にご意見をお書き下さい」

お言葉に甘えて好きに書いてやりましたよええ。どうせヒマだったし。匿名アンケートだったし。

「今流行りの『地産地消』にはある視点が欠けているから、『地産地消』は今のままやってもまがいものにしかならない」と。「結論から言えば、大手流通会社・大規模小売店に頼らない流通形態を確立させなければ本物の地産地消は成立しない」と。

「やり手の大手流通会社・大規模小売会社は、消費者を引き付けるために『地産地消』という言葉をキャッチフレーズとして使ってはいるが、その利益は地域外の本社に集積されるから、彼らの意に沿ったままのまがいものの『地産地消』だと、地域からカネがどんどん流出するだけだ」と。「こんな『地産地消』なんてやればやるほど地域経済は衰亡していくだけだ」と。

んでまぁ反対反対言うだけじゃどこぞのバカ野党と同じなんで、方針を示してみた。

「『地産』と『地消』の間に『地流』をしっかり確立しない限り、地産地消が地域の活性化に役立つことはない」と。ま、そこから先を知りたきゃ自分で考えろってこった。

最後の問いもまた自由回答。自分たちの組織について自由に意見を寄せてくれ、とのこと。

こっちも好きに書かせて頂きましたよ、ええ。

「『財団法人うんたら……』なんて長ったらしい名前なんて覚えにくいし覚える気も起きない。よってその存在を認識しにくい。『(財)ケッパル青森』でどうですか。いや真面目に」と本当に書いて、アンケート用紙を付属の封筒に入れて出してやりましたですよええ。ああなんだかちょっとすっきり。アンケートなんて一文の得にもなんねぇシロモノを書くってだけでうざったいんだから、多少攻撃的な表現になるのは我慢してもらうってことでひとつ。ていうか500円商品券の1枚も同封でもしてくれりゃ全然喜んで回答しようってもんなのに、まったくどの調査屋さんも気が利かないねぇ。

でも自由回答の内容自体は本音でそう思ってることだから、あとは受け取る側の度量ってやつだな。期待してるぜ。相手の名前忘れたけど。

銘板左端銘板銘板右端

大規模小売店てのは便利だからおいらもよく使うんだけど、上に書いた通り、地域経済を衰退させる要因なんだよね。八戸やその周辺みたいな東北の方田舎なんか特に産業基板が脆弱だから、吸い上げられる一方だったりするわけ。地域のためになんないんだよなーなんて思いながらも郊外の大型スーパーやコンビニなんぞにカネを落としまくって、思わず地域経済の衰退に拍車をかけちゃってるんだよね。だってほんと便利なんだもん。あの魅力にはあらがい難いものがあるよ実際。

話変わるけどさ、最近マンキツで『からくりサーカス』にハマッてんのよ。藤田和日郎先生の。あれにさ、「真夜中のサーカス」ってのが出てくるんだわ。

ある日突然現れる自動人形のサーカスで、その町に不治の病の病原体を撒き散らしたり住民の生き血をすすったりして町を壊滅させると、次の町へと去っていくんだわ。

なんか大手スーパーに似てね?

あるとき町に現れて、住民の財布から金を巻き上げて地場産業や商店を叩き潰して、そこのみんながスッカラカンになるが早いか見切りつけて撤退して、次のめぼしい町へと狙いを定めるって感じで。

その業界の人がこれ読んだら怒髪天を衝く勢いで怒り狂うかもしんないけどさ、世の中には人がいっぱいいるから、中にはこう感じてるへそ曲がりもいるのよってことでひとつ。おいらもちゃんとあんたとこで買ってることだしさ、従順な羊の群れの中の1匹がほざいてるたわごとってことで、笑って許してたもれ。

あ、ほざきついでに。大手スーパーって「お客様は神様です」「お客様のために私達がいるのです」みたいな顔してるけど、内心じゃ客のこと食い物としてしか見てないよね。食い物つっても、昔は単なる狩りの対象の野獣だったけど、今はポイントカード時代に入ったんでこれはつまり囲い込みなわけで、おいらたちは家畜に格上げされたってわけだ。流通業界は、人類史になぞらえれれば大きく近代化したわけだが、狩られる野獣あるいは家畜としては全然嬉しくない。

銘板
2006.1.5 木曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060105
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

うそつきタイヤ

タイヤ屋に文句がある。スタッドレスタイヤの宣伝、JARO 級じゃないのか?

今冬は全国的に大雪だよね。その中でも八戸だけはほとんど雪がなくて、一時は名古屋より積雪が少ないっつう異常な事態になってしまってたよ(笑)

でも正月三が日が過ぎたら最大級の大雪が来たわけで、我が八戸もご多分に漏れずとうとう大雪を迎えることになった。一晩で積雪41センチ。メートル単位で積もってる地域の方々からすると「ざけんなバーロー!」なんてお叱りを受けそうだけど、うちらにしちゃこれでも大雪なんすよ。

こんだけでも降られると何が辛いって、道路状況が最悪になるんすよ。

いくら八戸地方は雪が少ないからっつったって、寒いぶんには寒いわけですよ青森県なりに。溶けないんすよ雪が。そんな中でクルマが路上の雪を踏み固めてカチカチにするでしょ、ときどきチェーンを履いた大型車が通ってチェーンの押し型を作るでしょ、普通車のスタッドレスタイヤがそれを磨くでしょ。

なんかこう、凍ったカマボコがズラーッと路上に並んでるという状況になるわけです。クルマで走ってると、ただでさえガタガタ揺れて不安定なのに、タイヤの接地面積が稼げないから、ふとした弾みでいきなりクルマが斜め横を向いたりするんですわ。

除雪車がそこここでそのカマボコを削り取ってたりもするんだけど、全然間に合わない。ていうかカマボコ除去後の路面もやっぱしスタッドレスが磨いてツルツルのアイスバーンになってるわけで、運転、すげぇ恐い。

あのさ、スタッドレスタイヤの宣伝ってさ、いかにアイスバーンでグリップ力を発揮するかを誇らしげに語るけどさ、いかに自社のタイヤが氷に食いつくかを誇示するけどさ、

うそつき!

めっちゃ滑るぞ。確かに圧雪路面じゃかなり効くけど、肝心なとき、つまり一番ヤバいミラーバーン(アイスバーンの最も凶悪なやつ。鏡のようにツルツルの路面。さらに表面に水の膜が浮いてると超最悪)の上じゃ夏タイヤ履いてるのと全然変わんないぞ。

ていうか「スタッドレスタイヤがスリップして、凍った路面を磨いて、ただのアイスバーンをミラーバーンにまで昇華させる」ってのが一番納得行かない。自分で自分の首絞めてるってばオイ。おいらそのミラーバーンでいっぺんクルマをオシャカにしてるしさ。

さっき、ちょっとした上り坂の途中で信号停車してしまってさ。ヤバいよな〜と思ったらまさにミラーの上で立ち往生。渋滞作っちまっただよ。S字にバックして、駆動タイヤをミラー部分からよけたらうまいこと登れたけど、かなり焦ったぞあれは(ミニちゃんは小回りが効くから、少しS字バックするだけでけっこう横移動できちゃうのだ)

タイヤはまだ2シーズン目。かなり最新モデルに近いはずなんだが、これは一体どうしたことか。ローバーミニはタイヤを四隅に追いやってるから FF 車としては重心と前輪(駆動輪)がもともと離れ気味だし、おいらの車はエアコンユニット(前タイヤより前の部分に乗っかるので、これがあると重心が前に寄る)がないからますます不利なんだが、それにしても、それにしても、

グリップしねぇ〜!(怒号)

つぶでかクルミが氷を引っ掻くんだかギザギザサイプが水を吸うんだかインパクトの瞬間ヘッドは回転するんだかなんだか知らねえけど、ともかくスタッドレスタイヤ、アイスバーンで全然頼りになんねぇ!(「インパクトの瞬間……」は関係ないよな (^^;))

今の技術の限界ってことなんだろうけど、タイヤメーカーの試作品なんかじゃミラーバーンでまともに(夏タイヤと比べて明らかに違うくらい)グリップするやつなんかが出来ててほしいと切に願う今日この頃。

ヨーロッパじゃ日本製スタッドレスタイヤが「よく効く」と評判で売れてると聞いたことがある。彼らはそれまで、どんだけ劣悪なスタッドレス履いてたんだろ。

銘板左端銘板銘板右端

スタッドレスタイヤ普及の黎明期、吸盤でアイスバーンに吸着するやつも実際に発売されてたもんだが(名称は確か「タコ」だったような気がする。そのまんまだな)、1シーズンで消えたなぁ。きっと、少しでも摩耗すると一気に効き目が落ちたからなんだろうなぁ。憶測だけど。

銘板
2006.1.6 金曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060106
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

眠れぬ夜のヒラメキ

眠れなくて布団の中で悶々としてるうちに、ある特定の性向の人間の使い方を突然思いついたんで、忘れる前に書いちゃう。

あのさ、ときどきこういう人いるよね。「周りの人より自分が一段上じゃないと気が済まない人」。

この手の人って、こっちが対等に相手しようとすると、必ず自分の得意分野の話に固執したり臆面もなく自慢話したりして、とにかく自分を周りより一段上に持って行きたがるんだよね。理由は不明。「認められたい欲」が普通より強いのかな。ともあれ、まともに相手してると疲れる類いの人ですわな。

でもさ、いいところもあるんだよ。それを発見したよってのが今日のネタ。

こういう人ってさ、これまたなぜか、

ちょっとおだてると馬車馬のように働く

んですわ。おいら今まで生きて来て、5人のこういう人間に出会ったけど、4人までがそうだったよ(残る1人は、箸にも棒にも級のバカだった)。

ま、そういうことで、そんな人と関わることになったらさ、その人のマイナス面に溜息ばっかしついてないでさ、ときどき奴隷になってもらいましょうや(薄笑) いやいや、ていうかこっちとしては「その人の退屈な自慢話を延々と聞いてはうなずいてあげる」という隷属的苦痛なる対価を支払ってるわけだから、そのぶん馬車馬モードの折には存分に働いてもらいましょうや。

いや〜世の中まったく持ちつ持たれつですなぁ。

銘板左端銘板銘板右端

上記のことを閃いたはいいんだけど、問題点もあるんだよね。こういう人たちって、おだて続けるとだんだん増長して手を付けられなくなっちゃうんだわ。下手にこっちからキレて不満ぶちまけちゃうと、ヘソ曲げちゃって馬車馬してくれなくなるし。

いずれ「一段上を保つのは無意味なことだ」と自分で悟ってくれれば問題は回避できると思うんだが、やっぱそれは、我慢してその人の心の成長を待つしかないんですかねぇ。

銘板
2006.1.7 土曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060107
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

幻の秘密兵器発掘

発掘してしまった。幻に終わった自作小説の原稿を。

2001年頃、青空日和の つぶらさん の双子の妹(という設定)の円城寺円(えんじょうじ まどか)さんが企画された『青空劇場』というのがあったんですわ。言わば草文学賞ってやつで、半年間、週に1本、参加作品をメールマガジンの形で購読者に配信し、気に入った作品には集計サイトで1票入れて人気を競う、というやつ。

これにおいらも参加して、出品作がなかなかの人気を博して大いに気分が良かったんだわ。んで、企画が後半になってきたら出品枠が余ってきたんですな。ということはもっぺん出せるってことで、その2年くらい前に友達宛にメールで出した、小説みたいなやつ(けっこう好評だったけど、友達相手だったんで気を遣われた可能性もアリ)を磨き直して出そう、と決意したんですわ。がんばったね。猛然と書き直したね。そして行き詰まったね(笑)

それを打破するアイディアを練ってる最中に青空劇場で配信されたある作品、これがなんだか妙にストーリーが似てて、一気にやる気が萎えてぶん投げてしまった、と。ま、素人がこういうことやると何かと発想か似てくるもんなんでしょうな。「ありがち」ってやつで。アマチュア演劇の自作台本がやたら内幕ものが多いのと似てますな(必ず、劇中公演直前に主役が失踪するのな。んでギリギリセーフで戻ってくるのな)。

そのうち出品枠も無事に埋まってしまって、我が小説第2弾は幻の秘密兵器のままお蔵入りすることになった。あ、ちなみに出品した第1弾は、この日記の過去ログに載せてるよ。今見ると拙い文章力ですな。これでも当時、出品に向けてずいぶん推敲したもんなんだが (-o-;)

日記のネタにしようとしてた別な過去書類を探してたら、その幻の第2弾が出て来たんだわ(目的の書類は結局見つからずじまい)。これがまた文章がイマイチでさ、つらつら読みながら文章の直しを加え始めたら止まんなくなってしまって。ついでに、今までにたまにこの話のことを思い出しては思いついてたアイディアを盛り込んでみたり、説明不足を補ったり辻褄を合わせたり、余計なところをバッサリ切ったり。

そういう作業に発掘直後からサルハマリ。

問題は発表の場。青空劇場はもうない。かといって他の文学賞に出す根性もない(そこまで大した代物じゃないことは、さすがに自分で分かってるんで)。ということは、

……、

……、

……。

ここしかない orz

つうことで、この日記上での発表に向けて、HTML 化とさらなる推敲にいそしむ今日この頃。短編だけど1日で紹介するにはけっこう長い作品(約9600字)なんで、4夜連続形式で出そうかと。いや、そんな、それで日記書きをラクしようだなんてめっそうもな……すんませんそれが狙いです (^o^;)

銘板
2006.1.8 日曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060108
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

『ベルベットレイン』

休日なんで推敲めちゃサルハマリ中。

と言いつつ『ベルベットレイン』観に行ったりして。いや〜香港映画も格調高くなったもんだねぇ。んで最後はそう繋がるか。そう来るまで全然気付かなかったっすよ。鋭い人ならターボ君がチンピラに絡まれるところで気付いたろうけど。ストーリー展開も高度になったってわけね。

昔みたいな粗製濫造がなくなったのはいいことかもしんないね。あの味わいも捨てがたかったけど。ジャッキーとかサモハンとかミスター・ブーが派手に活躍してた80年代ってさ、なんでも脚本らしい脚本がなかったらしいもんな。関係者に知らされるのは大まかなコンセプトだけで、監督の頭の中にだけストーリーが存在してたそうな。役者もスタッフも、その日になってその日の撮影内容を知らされて、アドリブ的に撮ってたらしい。

なんでそんな原始的な撮り方をしてたのかっつうと、脚本なんてモノを関係者に渡しちゃうと必ず外部に流出しちゃって、タチの悪いプロダクションが安い予算でとっととその作品を先に撮って公開しちゃうから。もちろん出来は最低。盗まれた方はもうネタバレしちゃってるんでやる意味なくなっちゃう。

というわけで、原始的かつ究極の秘密主義で映画製作せざるを得なかった。しかもそれでも盗まれてる可能性が高いんで、撮影後は間髪入れずに公開したい。ということで編集する時間もあまり取らない。サモハン・キンポーはアイディアマンだからそこらへんの警戒意識が強かったんじゃないかな。彼の映画が映画としていつもどこかしらバランス感覚を欠いていたのは、こういう事情からかと。

ジョン・ウーが活躍し出した80年代後半もまだ粗製濫造や「柳の下にドジョウ100匹」が続いてたけど、比較的しっかりしたストーリーの展開とバランスを見るに、脚本はきちんと本の形で作られていたらしい。現場の皆に渡したかどうかまでは分からないけど。

『少林サッカー』(2002) は脚本作りに2年かけたそうだ。『カンフーハッスル』(2004) も脚本がよく練れてたし、映像的にも80年代とは比べ物にならないくらい熟慮されてたと思う。

香港も権利意識が普及して来たってことですかね。とかまぁエラソーに言っちゃったけど、日本だって映画分野じゃないにしろ、80年代は欧米ブランドのコピー天国だったしね。

で、『ベルベットレイン』、お勧めかっつうと、どうだかねぇ。ストーリーが分かりにくいんだよね。最後にようやく全部分かる仕組みになってるせいで。はじめの方なんか何が何だかさっぱりでストレス溜まっちゃっただよ。話がよく見えないのに映像と音楽がめちゃめちゃおしゃれでかっこいいってのがまたストレスを呼び込んだりして。観終わっちゃった今は堪能感で満腹だけど、観てる最中のストレスはやっぱストレスなわけで。客を選ぶ映画かもなこりゃ。

銘板左端銘板銘板右端

「ベルベット」って何だっけ? と辞書を引いたら、なんだ「ビロード」のことか。で、なんでビロードなんだよ。香港映画の邦題の付け方のセンス、やっぱおかしいんじゃねぇの?

関係ないけどスペイン語でビロードは "terciopelo" 。オルケスタ・デ・ラルスの同名の曲(『テルシオペロ』)がお気に入りだったりする。誰か映画人で、バカ明るいこの曲を対位法で使ってくれる人いないかなぁ。やってくれたらおいらきっと号泣モード。

銘板
2006.1.9 月曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060109
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

たまにはちゃんと日記っぽく、

今日の雑多なあれこれを書く日

車のオイル交換して来た。ついでに、スチールプレス製タペットカバー(この中にバルブ・バルブスプリングその他、4ストロークエンジンの肝の部分が入ってる。旧ミニのエンジンはちょっと時代遅れな OHV 形式なんで、4ストの別な肝であるカムやカムシャフトはそこには入ってない)をアルミ鋳造削り出しのやつに換装。これでオイル漏れが減るはず。エンジンルーム内があんまし汚れなくなるはずさ〜。

これ、ボンネット開けるとど真ん中のてっぺんに鎮座してるんだけど、スチールのやつは黒い塗装。アルミのやつは地肌むき出しで銀色。いや〜ずいぶん印象変わったっすよ。なんてーの、チャーミングになったっつうか。かなり自己満足度の高い改良だったっすよ。うん。

帰りに通りすがりの映画館に寄ったら、ちょうどいい時間で『男たちの大和』があったんで鑑賞。『北京原人 Who are you?』(1997) でババ引かされて以来映画界から干されてた佐藤純彌監督、見事復活ですなぁ(あれは企画と脚本が最悪だった。誰が監督してもあの程度にしかならなかったと思う)。

監督自ら「60点主義」を標榜してるそうだけど、『植村直己物語』(1986) 『敦煌』(1988) 『おろしや国酔夢譚』(1992) の西田敏行3部作(極地撮影3部作とも言う)、けっこう好きなのよね〜。それにやっぱり『スピード』(1994) の元ネタになったとの噂の『新幹線大爆破』(1975)、超サイコーっす。今観ても『スピード』の比じゃなく面白いっすよ。

で、今回の『男たちの大和』、東映で泣くってのは大抵は「あざとい泣かせに泣かされる」ってパターンが多いんだけど、いや、素直に泣けたよ今回は。「当時の大和の乗組員たちが今の日本人(彼らから見て未来の日本人)に託したメッセージ」というコンセプトが明確に表現できたのが、作品的成功の鍵になってると踏んだね。

戦艦大和の最期を描いた作品としては、東宝の『連合艦隊』(1981) ってのがあった。特撮技術の差については言うまい。でも当時としては最高品質だったよなぁ。大和の主砲発射のド迫力は、今思い出しても鳥肌が立つよ。けどあっちのテーマは「戦争の悲惨さ・空しさ」という、『男たちの大和』に比べるとかなり漠然としたものだったんだよね。まぁバブルの栄華もまだ知らない、同じ昭和時代に作られた作品だったんで、ドラマ的にあまり突っ込んだことが出来なかった(思いつかなかった)んだろうなぁ。ということで『男たちの大和』の勝ちっ!

で、恒例というか、野暮なツッコミのひとつでも。

人間ドラマがもちろん主体なのは分かるけど、客としては戦艦大和の威容の鑑賞も楽しみにしてたりするわけよ。ところが CG で作った画面がモロ分かりでなぁ。そういうカットだけ映像の品質が低くなってて、通常撮影のカットと整合が取れてなかった。CG 映像を小さめに作って引き延ばしたのがバレバレ。

例えば、艦橋からのアングルで主砲が回頭するところとか。モデリングは精密に行われてたけど、レンダリングで時間(=カネ)をケチったな、ってとこまで分かっちゃったよ。いまどき CG がバレるっての、しかも『タイタニック』(1997) より質が低いっての、ちょっとそりゃないんじゃないかと。

戦艦の描写なんだから地味な色しか使わない=輪郭や微妙な色合いの表現が命=レンダリング画像を小さめにしてブローアップなんてもってのほか、ってのは、映像作成の現場レベルじゃ分かり切ってたことだと思うんだが、予算やスケジュールの犠牲にされちまったんだろうなぁ。これ、プロデューサーの責任ね。

そこが東宝と東映の格差なんだよね。映像に対する品質意識の差。公開が『ALWAYS 三丁目の夕日』の後ってのもタイミング的にツラかった。『ALWAYS 〜』の VFX は完璧だったもんな〜。

佐藤監督的には、人間ドラマがうまく描けたし「60点主義」なんでこれでもいいのかもしれんけど、ハードウェアとしての特撮大好きっ子(←特撮のメカニズムが大好きってことで、特撮ものの被写体 [ソフトウェア] には普通人以上の興味を持ってないっつう意味っす)のおいらとしては、そこだけがちょっと悲しかった。

東映よ、もっと映像の品質にこだわれよ。そろそろ自社基準を世界レベルに合わせろよ。あんたらが発注してる日本の CG プロダクションは、既にそれだけの力を持ってるんだから。

銘板左端銘板銘板右端

人様の作品の品質にとやかく言ってしまってから言い出しにくいんだけど(しかもプロの作品に (^^;)) 最近推敲にサルハマリしてた幻の自作小説、なんか一段落ついたっぽいんで、明日かあさってあたりから4夜連続で公開しようかと思っとりま〜す。

こうして日記で楽して何するのかっつうと、今週末、ラジオの収録なんですわ。で、その準備をしようってわけで。新作紹介コーナーで『レジェンド・オブ・ゾロ』があるんで、未見だった『マスク・オブ・ゾロ』(1998) をさっき DVD 借りて観終わったとこ。明日は同じく新作紹介の『博士の愛した数式』に合わせて、『阿弥陀堂だより』(2002) を鑑賞予定(監督が同じ)。マニアルームのコーナーでネタにする予定の『フットルース』(1984) も借りたかったけど貸し出し中だった orz

銘板
2006.1.10 火曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060110
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

『雨降りガラスの駅』

明日から公開

さ〜て作り込みも仕込みも終わった。作りかけでお蔵入りしてからというもの、ほとんど忘れて何年も放ったらかしにしてた幻の自作短編小説『雨降りガラスの駅』、明日から4夜連続で発進っす。

考えてみたら、自分のサイトでの公開なんだから後からいくらでも修正が効くんだけどさ、1回読んだからもういいや、なんつう方々も多いだろうから(普通に考えて、たぶん皆さんそうなんじゃないかと)、やっぱ事前の改造や推敲がんばったっすよ。

「それでこの程度かい」と言われれば、「はいこの程度です」としか言いようがないですな。現時点の実力じゃこれ以上の品質は無理ってことで。

面白さで言えば、去年のゴールデンウィーク旅行記『ドキドキモエチュー メドゥーサ紀行』の方が100倍面白いっす。と今から言い訳モード (-o-;) 言い訳ついでに、特に笑える話じゃないっす。第3話までけっこう暗いし。

それでも準備できちゃったんで、『雨降りガラスの駅』、明日から始まり始まり〜。

銘板
2006.1.11 水曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060111
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

雨降りガラスの駅 1

「三年も先の心配すな!」
 私はわめいた。
 得意先の2000年問題の対策で、脳みその芯まで疲労をため込んだ私はその晩、通天閣を見上げながら新世界で深酒した。
 一人でわめきながら駅まで来て気づいた。終電を逃してしまったことに。こんな時はついイライラしてしまう。そんな物事の感じ方はよくない、と行きつけの医者もよく言う。分かってはいるが、それでどうしろというのだ。何かぶっ飛ばすもの、出来れば殴ると景気よくぶっ壊れるか、蹴ると派手にぶっ飛んでくれるものが欲しい。何かそういうのが……。
 あった。ガード下にいっつも置いてある立て看板。
「『ようこそ新世界へ』って今行って来たとこじゃ!」
 自分でも分かる程のおぼつかない足取りで立て看板に向かうと、背後から『てん、てん』と、金属の小片が転がる音がかすかに聞こえた気がした。振り返ると、駅の入り口に明かりが灯っている。今し方もう閉まっているのを確認したと思ったが。こりゃええ。酔っ払いの勘違いか。
「へっ、このどあほ! 紛らわしいまねしてからに!」
 一応毒づいたが、実際ほっとした。よかった。これで帰れる。帰ったところで、家には老いた母が一人いるばかり、か。
「我が人生万々歳じゃあほんだら!」
 わめくと少しはイライラが取れる。
「お母ちゃんあのな、ここの、ここの駅の待合室な、窓がいまだに『雨降りガラス』やねん。ひゃははははは。何やったっけそれ」
 高架駅の階段を上ろうとしたとき、小石を踏んだ。その感触が妙にぐりぐりするので靴をどけると、そこには小石ではなく、ねじが一本、落ちていた。M3×10 ぐらいの小さいやつだ。さっきの音はこれか。階段を転がってきたのか。蛍光灯の傘からでも取れたかな。
 ぬるっとした手触りに気付き、ねじをよく見てみた。ねじ切り直後のもののように、まだ切削油が付いたままのように思える。嗅ぐと、焼けた切削油の香りがまだ新しい。つまんでいる指の腹は、削り屑の粉でちらちら光っている。
「こないな所で何で脱脂洗浄前のねじやねん」
 そのねじをしげしげ眺めながら階段を上ろうとすると、
『ててん、てん、てん』
 同じようなねじが十本ほど、階段を弾みながら落ちてきた。そのうちの二、三本は私の体に当たってから足元に落ち、くりくりとせわしなく回ってから、やがて止まった。誰かのいたずらか。大人をからかうとはええ度胸やないか。どれ、悪い子ぉは殴ったる。思いっきりぶん殴ったる! 酔いも手伝って、私は二段跳びで階段を駆け上がった。
『てててててて……じゃららららら』
 無数の M3×10 ねじが、雪崩を打って階段の上から流れてきた。私は足をすくわれまいと、その場に立ち止まった。膝から下を洗うように、止めどなく流れ続けるねじ達。よく見るとそれは同じサイズのねじだけではなく、もっと大きいものや小さいもの、太いもの細いものも幾分混じっていた。
『ぞろろろろろろ……』
 かなりまずそうだ。酔っ払い一人の手に負えるものではない。この状況から脱出することを考えることにし、慎重に後ろを振り返った。ねじは駅の入り口から道路に流れ出ていたが、このまま戻って逃げれば何とかなりそうだった。しかしこのねじ達のむせ返るような匂いのせいで、こんな訳も分からぬ非常時に、なぜかとても懐かしく、とても汚い記憶が目覚めようとしている気がしたが、好奇心の方が勝っていた。
 ここで帰ればそれでおしまい。また昨日と同じ明日が待っている。どうせならたちの悪いこのいたずらにもうちょっと付き合って、日頃の憂さの一つでも晴らさしてもらおか。

‐ つづく ‐

銘板
2006.1.12 木曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060112
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

雨降りガラスの駅 2

 やっぱりあのとき戻っておいた方がよかったかも、と弱気になったのは階段を半分ほど上ったあたりだ。だがもう遅い。気がつくと、流れてくるねじの量は三倍くらいになっていた。自分の体をその場にとどめるのが精一杯。これでは戻ろうと迂闊に足を上げると、下ろした足が流れにすくわれてしまう。ゆっくりとすり足で、左側の手すりに向かって進むことだけを考えるようにした。
 ステンレスパイプの手すりを掴んでやっと一息つけた。しかし事態は好転してはいない。下へ行かないのなら、上しかない。それならどうにかできそうだ。それにしても上は一体どうなっているのだ。そこは人間なんぞが踏み入れてはいけない、何かとてつもなく汚らわしいものがあるような気がして、今すぐそこへ行ってみる気持ちもまたためらわれた。
 結局取り得る策は「現状維持のみ」ということになる。じっと我慢していれば、いつかこの流れも緩むかもしれない。緩んだら……もしそうなったらやっぱり勝負や。一気に駆け上がったる。確かめなんだら気が収まらん。そう決めると落ち着いてきた。酔いもいくぶんは醒めたらしい。だがこれが何なのかはいまだにさっぱり分からない。
 それより分からないのは、このねじの流れから昇ってくる匂いが、妙に懐かしく私の鼻の中に留まってといたことだった。酔いに妨げられながら記憶を辿る。この匂いは遙か昔、毎日のように嗅いでいたものだ。間違いない。何も嗅ぎたくて嗅いでいたのではない。そうだ。これは私が生まれ育った環境に常に充満していた匂いだ。物心が付いたときには既に、その匂いの中に私はいたのだ。
 痛ッ。
 何か大きな物が私のすねに当たった。流れて行ったものを振り返ると、四角いスチール製の蓋があった。電気洗濯機のものらしい。洗濯機の蓋がスチールとはまたかなりの年代物だ。そいつはひっくり返ってねじの流れの上をさらに流れていた。しかし当たったのが本当にそれだったのかは確証はない。見ると他にも多くのスチールプレス部品が流れていたからだ。ラジオや冷蔵庫の裏板。電気スタンドの傘。スチール机の引き出しの正面、底面、側面、脚。コップ。額縁。丸盆……。
 私の周囲が少し暗くなった。照明が一つ切れたのか? いや違う。そんなに突然には暗くならなかった。不安な気持ちのまま階段の先の天井を見上げた。照明は一つも切れていないようだった。しかし、何か別なことが上では起こっていた。
 焦げ茶色の大きな箱が、ゆっくりとその姿を階段越しに現し始めていた。それで照明が隠されていたのだった。
『ずん、ずん、ごろ……』
 ふた抱えはあるその箱は、スローモーションのようにゆっくりと、私の方へと真っ直ぐに転がってきた。その箱には短い足が四本生えていた。私が掴んでいる手すりをこすらんばかりにして転がってくる。壁に向いている箱の面に、ぽっこりとした出っ張りが見えた。
 あの出っ張りはどこかで見たような……。
 何かが記憶の底から浮き上がってきそうだったが、私は慌ててその感覚をかき消した。今あんなものが私を直撃しようとしている。その対策を練るのが先だった。それにその記憶は、思い出すべきではない禍々しい何かを含んでいるような気がした。
 すねに当たり続ける流れの要素は M3×10 などはもはや主体ではなく、M8 ぐらいが一番多く流れている。そのほか訳の分からないプレス部品などもその流れに乗っては、出口へと消えて行った。
 あの焦げ茶色の箱を食らいたくなければ、手すりを離れて流れの中心に出て、その箱をかわすしかなかった。流れに呑まれたら箱にぶつかるのと同じ結果になることは分かっていたが、そんなもしも話を考えている余裕はもうなかった。最小限の動きでかわし、かわしたらすぐに壁際に戻り、手すりに掴まろう。よし決まりだ。
 そうか、あの出っ張りはブラウン管の「尻っぽ」のカバーだ。あれはテレビだ。私が小さい頃に家にあったカラーテレビだ。子供の力では押しても蹴ってもびくともしなかったあの、今のテレビから考えると、ばかでかいだけで性能も悪かったあれだ。あんなものでもあの頃は有難かったんだな。私がまだ小学校に入る前に家で買ったカラーのテレビは当時はまだ珍しく、近所中の人たちがよくこのテレビを見に来ていたのを覚えている。
 ブラウン管が光っている? まさか。いや、やはり光っている。ここからは角度が悪くてよく見えないが、階段の反対側にあるステンレスパイプの手すりが、画面の何かを反射していた。
 転がるテレビが私の視界いっぱいに広がったとき、私は手すりから手を離し、ねじの流れに身を投げ出した。もはやその行為はテレビをよけることが理由ではなかった。そのテレビが本当に私の家にあったものなのか、それとも単なる似ているテレビなのかを確かめることだけが、そのときの私の唯一の興味だった。そんなはずはないのに。でもあれは確かに……。
 転がってきたテレビは、よけた私の左肩をかすめるように跳び上がった。その瞬間、テレビに顔を向けると、ゆるりと回転するブラウン管には映像が映っていた。どこまでも青い空に映える、太陽の塔が。そしてやはりそのブラウン管に映り込んだ私の顔つきは、小学二年生の頃のものだった。あの当時いつもかぶっていた、「H」と「T」の右上縁が欠けた阪神の帽子を、そんな風に目深に……。
 テレビの中の高電圧部に積もった綿埃の焦げる匂いが、鼻の奥にぼやんと満ちた。

‐ つづく ‐

銘板
2006.1.13 金曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060113
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

雨降りガラスの駅 3

 私の家は大阪市内で、鋼板のプレス工場を経営していた。何の部品になるのか分からないが、家の隣に建てられたプレハブの工場では、いつも鋼板がローラーで引き延ばされ、裁断され、型にはめられてプレスされ、成型されて製品になると、トラックの搬出口に無造作に積み上げられていた。平日はいつもその作業の音が辺り一面に響いていた。学校帰りは、家に着く百メートルも手前からその音が聞き分けられたぐらいだ。
 また、いつもとは違う音がしているなと思うと、搬出口には、小さなねじが一斗缶いっぱいにぎっちりと詰まったものが、何十缶も積み上げてあったりもした。要するに何でも部品製造屋だ。今考えると明らかに騒音公害なのだが、当時はそんなことで苦情を言う人たちは滅多にいなかった。私の住んでいた町にはそのような工場が点在しており、このぐらいの騒音は日常茶飯事であり、お互い様でもあった。
 たまに工場の中を見ようと勝手に工場のドアを開けるといつも、私に気づいた油まみれの職工さん達が、切削油の容器を機械の上に置いて急いで私の元に駆け寄り、危ないから、と工場の外へ私の背を押し出したものだ。父は、私が五年生になったら工場を見せてやる、と、からからと笑いながら約束してくれた。
 工場へ入れてくれない代わりに、父は夕飯の時などによく仕事の内容を話してくれた。旋盤の削り屑が渦を巻きながら伸びていく様子、プレスの金型がいかに繊細に出来ているものなのか、ねじの切り方やねじ切り後の脱脂洗浄のやり方など、父があまりにも楽しそうに話すものだから、早く五年生になりたくてたまらなかったものだ。
 だがその約束は叶わなかった。ほどなく、ある事故が遠因で私の家は大阪を引き払い、私は堺の小学校へと転校したのだ。父の工場に関する私の記憶は、職工さんに押し戻されるまでの短い時間のものと、あとのほとんどは窓の外からの眺めしかなかった。その窓ガラスは厚みが不均一なため、窓だけ見ると、まるでいつでも雨だれが付いているように見えた。子供の私がそれを「雨降りガラス」と呼ぶと、父も母もいつも笑っていた。工場の内部をあまり思い出せないのは、このガラスのせいで、中がよく見えなかったせいもある。
 工場は売り払われ、父は堺で会社員となった。もう以前のように大きな声で笑うことはなかった。定年退職後何年かで、肺ガンで他界した。
 
 事故があった日は、小学校の創立記念日だった。同じ学校に通っていたはとこと私は、その日二人で私の家で遊んでいた。親たちは平常通りの仕事で工場へ出ていたので、私たちは思う存分テレビを見ることができた。しかし平日の昼間のテレビは当然子供向けの番組など放映しておらず、 NHK にチャンネルを回すと、大阪万博の特別番組を放映していた。その番組も面白くなかったので、はとこと私はテレビ自体をおもちゃにして遊び始めた。
 まず、チャンネルのつまみのすぐ下の、チューニングのつまみを回して遊んだ。さらにその下の小さいふたを開けると、小さなつまみがたくさん並んでおり、そこをいじるとテレビに映っている人の顔色や景色の色が、冗談みたいにころころ変わって面白かった。それにも飽きると、私達はコンセントに目を付けた。スイッチを入れたままコードを引っ張ってプラグをコンセントから抜くと、慌てたように画面も音も消えるのがおかしくて、何度も繰り返した。けったいな格好の太陽の塔が、そのたびに歪みながら現れたり消えたりした。
 しかし十何度目かに私が思い切りコードを引っ張ったとき、プラグがコンセントに刺さったまま、プラグの首のところからコードがもげてしまった。むしれた二束の銅線が、コードの先から飛び出ていた。私は父に叱られると思い、青くなった。はとこも私と顔を合わせて青くなったが、彼はすぐに笑顔に戻り、私の肩をばんばんと二回叩いた。
「よっちゃん大丈夫や。ここんとこの電線出てるとこをな、コンセントの穴に差し込めばええんや。心配いらんて」
 私は、危ないから、と一応は制止した。だが、はとこはそれを聞かなかった。私もそれでテレビが直れば助かるので、強くは言えなかった。
 はとこはコンセントの前にしゃがんで、切れたプラグを抜き取って、むき出しのコードを両手で掴んでコンセントに差し込んだ。直後にはとこは、ばね仕掛けのようにギクッとそっくり返り、そのまま仰向けに倒れた。白目をむいて体じゅうをピクピク動かした。ふざけているようにしか見えなかった。
「何やねんそれ、あははは」
 はとこのおかしな動きはすぐに止まったが、いつものようにパッと起き上がって舌を見せもしなかった。妙な沈黙が続いた後、変な臭いに気付いて見回すと、はとこがおしっこを漏らしていた。
「まあくん何やっとんねん。気色悪いで」
 私は恐くなり、その気持ちをごまかそうとはとこをどつくと、はとこの頭は、ごろん、とこちらを向いた。半開きの口から、唾きのあぶくが流れ出た。
 葬式では、みんな気味が悪いぐらいに私に優しくしてくれたが、そうしてくれるとすぐに、辛そうに私から顔を背けた。結局、テレビを壊したことについては、親たちに叱られることはなかった。事故についても、誰も私を咎めなかった。警察の人たちもむしろ、現場に居合わせた私に気遣って、事故の詳細を私から無理に聞き出そうとはしなかった。
 
 転がって来たテレビが通り過ぎて行くのを確認すると、私はそのまま階段を駆け上った。カラーテレビを境に部品の流れが弱まったのもあったが、行く理由はもうそれだけではなくなっていた。
 券売機の明かりは消えていた。やはり終電は出た後だったか。
 そこに行けば何かが分かるという当ては外れた。この切符売り場を見渡しても、部品ひとつ落ちていない。振り返ってみたが、階段も綺麗なものだ。一本のねじさえ見当たらない。駅の入り口の外にはねずみ色の歩道が見える。酔いで何か変な夢でも見たようだ。これが白昼夢というやつか。夜中だから違うか。しかし、忘れていたと思っていたことでも消えることなく、心の奥底にしっかり仕舞われているんだな、しかもよりによってあの事が……。そんなことを考えているうちに、いつもの苛立ちがまた私を襲いつつあった。ああ、また来た。何かまた別な考えでも……。心を鎮めようとした矢先、あの懐かしい、工場の油の匂いがまだ周辺に残っていることに気付いた。
 幻ではない。かすかに聞こえているのは、父の工場の騒音である。圧延ローラーが鋼板が延ばす音。延ばされた鋼板が裁断機で切られる音。切られた鋼板がプレス機で潰される音。成型された鋼板がグイランダーで耳を落とされる音。そして、製品は無造作にトラック搬出口へ積み上げられる……。ああもうはっきり聞こえる。うるさいぐらいに。そう、このぐらいの音量。昔のままだ。五年生どころかもうとっくに大人なんやさかい、入ってもええやんか、ええやろ!?
 矢も楯もたまらず駆け出した。改札口には鎖がかかっていたが、それを大股にまたいで、ホームへの階段を駆け上がった。耳を介さずとも直接頭の芯に響く工場の騒音。階段を上り切って出たホームの先にあったのは、そこにあるべき待合室ではなく、あの雨降りガラスの工場だった。ここだ。ここに一度でいいから……。
『ガゴッ!』
 いたたたた。何かに足をぶつけて転んでしまった。また新世界の立て看板かい。要らんところによう立てよる。ひっくり返った看板を自分と一緒に立て直し、はやる気持ちを抑えて、工場の入り口へとゆっくり近付いて行った。
 ドアのノブに手をかけたが、回すのをためらった。私に気づいた職工さんが駆けつけて、私を追い返すような気がしたからだ。工場の脇へ回って、窓ガラスの向こうから様子を伺うことにした。雨降りガラス越しに、油で真っ黒になった作業服の職工さんが二人、それぞれの機械に向かって、何だかリズミカルに作業をこなしていた。二人はこちらに背を向けていて、顔は見えなかった。
 私は再び建物の正面に向かった。今度は私は自分にためらう時間を与えぬよう、すぐにノブを回してドアを引き開け、とうとう工場へ入った。

‐ つづく ‐

銘板
2006.1.14 土曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060114
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

雨降りガラスの駅 4

 小さかった。子供の頃の印象と比べればそれも当然だが、それでもなお、すべてが小さく見えた。しかし、そこに配置されている機械類は、当時垣間見たまま、私の記憶とぴったり合致していた。
 不意に機械の騒音が止んだ。二人の職工さんはそれぞれに機械の静止と安全を確認する動作をすると、こちらへ振り向いた。私は警戒した。
 職工さんたちは帽子を脱いだ。左向こうにいたのは、私の父だった。事故当時のままの、髪がまだ黒い父親だった。父は何だか照れくさそうに微笑んでいた。正面から歩いてきた人は、私と同じく額が広くなりかけている。私より背が高い。それでも私は彼が、あの事故で死んだはとこだと、すぐに分かった。はとこも父と同じように、少し恥ずかしそうな笑顔で私を見ている。私は父に歩み寄りながら訊ねた。
「なぁもぉええやろ、ここ入っても。ここの機械じっくり見たいねん。まあくんも何でここにおるねん。まあくんが良くて僕がだめなわけないやろ。えこひいきせんといて」
 父はそっと腕を組み、笑顔のまま、申し訳なさそうにゆっくりと首を横に振った。
「あかん。お前はまだや」
「せやかて僕もう大人やで」
 はとこは私の前で立ち止まり、私の両肩に優しく手を乗せた。昔の職工さんがそうしたように。そして私をドアの方へと振り向かせた。
「嫌や、何で……」
 だだをこねたかった。力ずくで振り返って、工場の奥へとずんずん歩いて行きたかった。しかし、はとこのしっかりとした力が、彼の手を通して私の肩にしみ込むと、もう何もできなかった。本当のところ、私は彼らの行為についてよく理解してはいなかったが、ここは大人は大人らしく、そのまま引き下がらなければならないと感じた。そうしなければ、彼らはひどくがっかりするだろうと確かに思った。
「今日は呼んでくれて、おおきに。けどあのねじだのプレスだのの洪水は何や。カラーテレビまで出して。インパクト強過ぎやで」
 肩越しに彼らに声をかけると、はとこが答えた。
「あはは、ああでもせんと、よっちゃん会うてくれへん思てな。分かったってや。そや、あのねじな、みんな僕が切ったんや。おじちゃんに教えてもろてな。今はプレス機の勉強してんねや」
「プレスもええけど、ねじの脱脂洗浄忘れとったで。見てみい僕のズボン、裾ギトギトやん」
「あ、せやなぁ」
 私達の会話を聞いて、父がからからと笑った。
 はとこに押される格好で歩いたが、私は自分で歩いていたため、はとこは実際は私の肩に手を乗せて一緒に歩いただけだった。彼の両手の暖かさにそのまま寄りかかりたい気持ちを打ち消すために、自分で歩いたのだった。
 私だけが工場の外に出たところで、私はなんとなく立ち止まった。そのとき、はとこも立ち止まった。ここが境界というわけか。
「まあくん、あれで僕のこと嫌いなった思とった」
 溢れそうな涙を必死で堪えながら思い出した。子供の頃、もしいつかどこかで彼に逢えるなら、きっとあのことを謝ろうと思っていた。逢えるはずがないと分かっていたからこそ、その思いはいつまでも消えることはなかった。確かに事故の印象も時と共に薄れていった。しかし私は、その自然な忘却さえも許せなかった。きっとはとこは、私を嫌っているに違いないと信じていた。そう信じたまま忘れていった気持ちは、澱になって心の底に沈んだままになっていた。今それがようやく分かった。
「僕、まあくんに悪いことした」
 はとこはその姿勢のまま、いたずらっぽく答えた。
「おかげでよっちゃん、おじちゃんに叱られへんかったやん。まぁあれはあれでしょうがなかってん。よっちゃんが何ともなかったんならそれでええねん。せっかく生きてるんやから、よっちゃんはよっちゃんのやりたいことやればええねん」
「でもな、そう言われても僕、自分が何したいのか自分でもよう分からんのや」
 私は大人になってからも、恥ずかしくて誰にも打ち明けられなかったことを、思い切ってはとこに言ってみた。いつもいつも、四六時中私を追いつめるこの悪い虫を、初めて人に晒した。するとはとこはあの時と同じように、私の肩をばんばんと二回叩いた。
「よっちゃん大丈夫や。よっちゃん思いついたこと何やってもええんやで。僕いつでも助けたる。この前は失敗してもたけど、あん時よりうまく助けるさかい心配いらんて。それから、おばちゃんにもよろしくな。大事にせなかんで」
 背後で父がまた、からからと笑っていた。工場内に反響して、何十人もの父が笑っているようだった。
「すまんけど、お母ちゃんだけもぉしばらく頼むわ! あとはまあくんの言う通り好きにすればええ!」
 大声で笑いながら、父は言った。あの事故以来、最後まで聞くことがなかったあの笑い声。
 私は、はとこの暖かい手が肩を離れるのを、怖いと感じた。ドアが閉まってしまえば、もう父の笑い声が聞けなくなってしまうことを恐れた。だが、自分の転機は今しかないことも悟っていた。彼らがわざわざ作ってくれたこの機会を逃すわけにはいかなかった。だから私は彼らに振り返って一歩下がり、はとこたちの手の届かないところで深く一礼して、自分の手でそのドアを閉じた。その瞬間、昨日までの、心に出来た泥沼にあがいてきた自分自身を、ほんの少しだが初めて、いとおしく感じた。
 手垢にまみれた真鍮のドアノブから手を離すのが名残り惜しくて、ノブを握っている手とノブの付け根をしばらく眺めていた。よし、落ち着いてきた。少し無理矢理だが、晴れがましい気持ちで前に向き直った。
 
 電車に乗る客でぎゅうぎゅうのホームが、そこにあった。
 思わず顔を伏せた。朝の光が目に痛かったのと、不意にニオってきたキッツイ香水のせいだ。そのとき私と目が合ったのは、派手な格好の見知らぬオバハンだった。私の顔を見上げて無遠慮に覗き込んでいる。
「ほんま何やの? さっきからあんたそこボサッと突っ立っとるさかい待合室入られへんやないの。公共の場所やで!」
 オバハンは戸惑う私に全く構わず、私の脇腹のあたりに手を伸ばした。そして私が今さっき閉じたドアのノブを掴むと、容赦なく引っ張った。
 勢いよく開かれた待合室のドアに尻を蹴飛ばされ、私は人混みの中へ飛び込んでいった。いろんな人たちと次々にぶつかりながら、最後に転げ込んでぶち当たったのは、あの立て看板。
 
『ようこそ新世界へ』。

‐ おわり ‐

銘板
2006.1.15 日曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060115
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

シネサロン収録準備顛末

いや〜大変だったよ先週は。なんとかクリアできてちょっとほっとしてたりて。

『雨降りガラスの駅』、公開しながらやっぱし推敲しまくっちゃって、シネサロンの準備がなかなかはかどらなくて。とりあえず21日公開の新作紹介が『空中庭園』『レジェンド・オブ・ゾロ』『博士の愛した数式』の3本。そしてとりあえず『空中庭園』の監督がシャブの不法所持で逮捕されちゃって。どう紹介しろっちゅーんじゃ(それでも苦労して原稿書いたけど、収録時間の都合上、結局紹介しないことになった(泣))

『レジェンド・オブ・ゾロ』は『マスク・オブ・ゾロ』の続編ってことで、未見だった『マスク・オブ・ゾロ』を DVD レンタルして観とかんとな〜って感じ。そう思いつつ『博士の愛した数式』の方も調べたら、なんと監督、小泉堯史(こいずみ・たかし)じゃないでごわすか。デビュー作の『雨あがる』、すごくいい映画だったんだよね。当時八戸じゃ公開されてなかったんで、わざわざ盛岡フォーラムまで行って観て、あんまり良かったもんだから次の週末もまた盛岡で観直しちゃった。

こりゃ『博士の……』を重点的に紹介しなきゃいかんですな、つうことで、未見の『阿弥陀堂だより』も一緒にレンタル。『博士の……』が小泉監督の3作目なんで、これで小泉作品は全部観ることになるわけだ。

あと、『マニアルーム』のコーナーのネタは『フットルース』における音楽と映像の秘密の関係を探る、なんてのを考えてたんで、こいつも DVD レンタル。

『マスク・オブ・ゾロ』面白かった〜。まさに「活劇ですっ!」って感じがいいね。アクションもアイディア満載だし。『阿弥陀堂だより』は一転して癒し系。北林谷栄(きたばやし・たにえ)扮する阿弥陀堂のおウメおばあちゃんがかわいくてかわいくて。ジジババものに弱いおいらのツボ突きまくり。こりゃ新作紹介の原稿、いいのが書けそうじゃわい、とノッて来たところで『フットルース』鑑賞。この時点で木曜の夜。収録は土曜の19時。猶予はあと2日。

……、

……、

……。

( ̄- ̄c) → (  ̄o ̄)っ☆彡 オイ! 全然ショボいじゃねーか! ケビン・ベーコンのダンスは20年前に観た記憶通り見応えあったけど、映画全体の出来としてはかなりショボい! こんな凡作でコーフンしてたんかい>若きみぎりの自分

それでも「音楽の使い方に独特のものがある」と思ってたのに、単なる思い違いだった。めっちゃ凡庸。使い物になんない。

悩んだっすよ。マニアルームのネタ、『フットルース』のまま視点を変えてどうにかするか、それとも全然違うのを新たに用意するか。一晩寝てから出した結論。

『小泉堯史監督フィルモグラフィ』

我ながら名案。ていうか手抜きっぽいけど(笑) フィルモグラフィったって2作しかないし。2作とも観てるし。まぁどっちの作品も気に入ってるからね。そこらを紹介するのはやぶさかではないぞと。でも『幻のフットルース特集』と同じ轍を踏みたかないんで、『フットルース』DVD を返しがてらに『雨あがる』DVDをレンタル。そして鑑賞。

……、

……、

……。

やっぱいい映画だわ『雨あがる』。『フットルース』の比じゃないわ(笑) 寺尾聰もいいけど、奥さん役の宮崎淑子がほんとステキで。それと、殿様役の三船史郎(三船敏郎の息子さん)も出色。役者の経験が少ないんで(ていうか本職は俳優じゃないらしい)セリフ回しは正直なとこ大根だけど、小泉監督、それさえもうまく使いこなして、見事に豪放磊落なお殿様に仕立ててしまったよ。しかし、親父さんに似て野性味が魅力のお顔立ちですなぁ。男が見て「カッコイイ」と思う男の顔って、最近の映画じゃなかなか見られないんだよね。ふむふむ、『雨あがる』以降は映画に出てないのか。もったいないなぁ。

これで関連作品のチェック完了。『雨あがる』の方は『フットルース』みたいな記憶違いはなかった。1回のシネサロン出演のために都合4本も DVD 観たよ(ていうか『スター・ウォーズ EP3』に合わせて特集組んだときは旧作5本観たわけだが。しかもその5本全部のワイプの数を数えたりして)。して、あとはひたすら原稿書き。この時点で既に金曜の夜。収録まで24時間を切った。いやーがんばったがんばった。

夜中にいったんテンパッたあたりで八戸フォーラムのボランティアスタッフ専用掲示板を見たら、すごいニュースが出てた。なんと、21日から八戸フォーラムで『ALWAYS 三丁目の夕日』の上映が決定! おお、こいつは番組で言わねばなるまいて。慌てて原稿に書き足したね。

「なんで今さら『ALWAYS 三丁目の夕日』なの?」って? 「それのどこがすごいの?」って? いや、これかなりすごいことなんすよ。

八戸の隣町に東宝の直営のシネコンがあってさ。八戸フォーラムが出来る前から営業中なんだけどさ、この東宝シネコンがターゲットにしてる地域って八戸なわけで、東宝側としてはそのシネコンを守るために、東宝作品は八戸フォーラムに出さない方針を通して来てたんですわ。

でも邦画って今、東宝がダントツに強いよね。企画や作品の質も高けりゃ営業力もある。八戸フォーラムとしても喉から手が出るほど欲しい東宝の新作が今まで多々あったんだけど、そういう理由で上映できないでいたのよ。2番館扱いもダメ、旧作もダメだったんだな。例えばそのシネコンで『ハウルの動く城』の上映が終わっても、八戸フォーラムがいくら頼んだとしても『ハウル……』のフィルムを貸し出してくれない(八戸フォーラムは実際には頼んでないと思うけど。頼んでも無駄だから)。八戸フォーラムで黒澤明特集をやりたくなったとしても、人気作はほとんど東宝で作られてるから、それも出来ない、という具合。

今まではそんな感じだったのに、どういう風の吹き回しか、『ALWAYS 三丁目の夕日』が八戸フォーラムにひょっこり回って来た。

ここからは憶測。件の東宝直営シネコンは最新作しか上映しないポリシーらしいんで、一定期間を超える特別ロングラン上映が出来ない→そのため『ALWAYS……』はそのシネコンでの上映を、はじめに予定してた期間で終えてしまった→でも『ALWAYS……』はいまだに大人気で集客力があり、現に他地域ではロングランをやってる最中→八戸フォーラムは東宝コンテンツを欲しがっている→対八戸フォーラムの方針を曲げて、『ALWAYS……』の人気が続いてるうちに、八戸フォーラムを2番館として使って配給収入を稼ごう。

とまぁそういう営業判断があったんじゃないかと。

とにかく『ALWAYS……』が八戸フォーラムに来ることになった。いいことだよこれは。うん。東宝、八戸フォーラム双方ともに利益のある話だし、おいら、もっぺん観ようと思ってるうちに上映が終わってしまって寂しい思いをしてたとこだったし。正直、嬉しい。去年観たベスト邦画だもん。

で、番組の原稿が一応上がったのが土曜の午前4時頃。いったん寝て昼頃起きて推敲開始。途中飽きた辺りで『雨降りガラスの駅』最終話を公開。アクセスカウンタ見たら、『雨降り……』やってる間中、けっこうなスピードで回っててちょっとスキップしてみたくなったりしてるんたった〜♪ 皆様ありがとうございました。

夕方5時頃、とうとう今回のシネサロンの最終稿が上がって、街に向けてクルマで出発。レンタルしてた DVD を道すがらにみんな返して……とかやってるうちに渋滞に巻き込まれた(汗) それでもなんとか間に合ってスタジオ入りできてよかった。

原稿を元にパーソナリティのちえさんと打ち合わせして、ちゃんと会話になるように修正して、収録開始。そして無事に終了。は〜お疲れさん (^▽^;)

帰りに屋台村に寄って行きつけ3軒ハシゴしてべろんべろんになるまで飲み。労働の後の酒は格別だねチミぃ。一人で飲んでたら途中でシネサロン仲間とばったり会ったんで合流して語り合ったり。やたら飲み過ぎたんで、代行屋に自分の車を運転してもらってる最中にこみ上げるものがあってさ、家に着くまでかなり必死でこらえたよ。自分の車をゲロまみれにしたかないもんな〜。無事に帰れて、そのまま泥のように眠りこけましたとさ。

しかしま〜、1〜2カ月に1回の登場とは言え2年もやってるんで、さすがに少しは慣れてきて、フツーっぽい喋りとか、原稿から多少逸脱した語りとか出来るようにはなった。なったけど、持ち回りのシネサロン仲間でここまでカンペ作り込んでくる人、他にいないらしいっす。本番前はもろにキンチョーしてるし、本番中もヨユーかまして語ってるふりしてやっぱしキンチョーしてるし。自信は全然育ってないってことですな orz

ま、聴いてくれてる知り合いの方々から「ゆんずさんの喋り、面白いですよ〜」と言ってもらえてるのが救いではあるっす。お気遣いなのかもしんないけど、こんだけ苦労してるんで素直に嬉しかったり。ありがたや〜 (-人-)

まだ2月のローテーションが決まってないんだけど、できれば休みたいなー。仕事も書き入れ時だし。3月に『Z(ゼータ)ガンダム』の3作目が公開されるから、そっちで出るってことで。

銘板
2006.1.16 月曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060116
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

立体縄文土器

いや、なんかもう怒濤の先週をなんとか駆け抜けられたんで、気が抜けてあんまし書く気が起きんくて。

つうことで一休みして和みますわ。

縄文土器でも眺めて。

銘板
2006.1.17 火曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060117
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

SNACK ゆ樹こ

ここしばらく ゆんず金属工業 略して SNACK ゆきこ の活動が止まってたんだけど、昨日久々にちょっと DIY 的なことをしたっす。今使ってる LED キーホルダーライトが少し問題あって、その改良。

今のやつは3代目。初代は、鍵と一緒にジーンズのポケットに入れてたらぶっ壊れてしまった。

2代目は100均で買ったものの、小さかったしこれといった不具合もなくて気に入ってたんだけど、なんとなくバラしたら元に戻せなくなっちまった(泣) 同じものを探しまわったけど見つけられずじまい(啜泣)

で、あるとき150円の LED ライトを見つけて迷わず買ったね。して、買った後で青色光だったっつうことが判明して(パッケージにはちゃんとその旨書いてあったけど見落とした)、次の日に人にあげた。やっぱ白じゃないとねぇ。

そして1カ月前、DIY 店にて840円も払って、新しい白色 LED ライトをゲット。こいつを3代目とした。でも問題あってさ。ゴム製の押しボタンスイッチ、入れると入れっぱなしなのよね。反対側にある OFF スイッチを押さないと消えない。これ、ポケットの中で間違ってスイッチ入っちゃうと無駄に光りっぱなしになっちゃって、いざ使いたい時に電池切れになったりするんだよね。2代目は押してる間だけ光るやつで、しかもボタンも小さかったんでそんなことはなくて、100円だったくせにほんと便利だった。

で、案の定3代目は2週間ほど前にその電池を食い尽くした。電池を買い直したらこれが2個で800円くらいでさ、高いっつうの。てことで、電池入れ直しがてらに改良しようと相成った。

問題は、押しボタンスイッチが妙にでかくて、しかも周囲から盛り上がってるってこと。これじゃポケットの中で押されちゃいますなぁ。で、対策したよ。

  1. ポタンの周囲をホットボンドで肉盛り
  2. ゴム製ボタンを削って低くする

1. はすぐできた。2. は、はじめはカッターでやろうとしたけどうまく切れなかったんで、ハンダゴテで溶かしてすくい取るという荒技でクリア。これでスイッチの偶発 ON が発生しにくくなるかと。一応立体撮影してみたけど、どうも肝心なところの立体感がうまく表現できんかったす。

ま、改造がうまく機能するかどうか、これからゆっくり検証しますわ。とりあえず、触っただけでライトの裏表が分かるようになった(ON 側、OFF 側が判別できるようになった)のは、想定外のお便利副産物。

銘板左端銘板銘板右端

今回はプラスチックとゴムの加工だけなんで「金属工業」じゃないわけで、 ゆんず樹脂工業 略して

SNACK ゆ樹(き)こ

ってことでひとつ。ますますもって場末っぽくなってきた (^_^;)

銘板
2006.1.18 水曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060118
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

冬のロケットまつりは出足不調

今冬の JAXA のロケット打ち上げがアツい。

1カ月で4発もの打ち上げが控えてる。こりゃロケット好きにはたまらん月間ですなぁ。

して、今日の情報。

今日飛ぶはずだった露払い役の S-310 の36号機は1日延期か。まぁ天気待ちじゃしょうがないやね。んで、H-IIA 8号機の延期は何なんだ? そういう不具合、もっと事前に発見できないもんなんか?

まぁ飛ばす前(手遅れになる前)に見つかったんで良かったといえば良かったけど、なんかすっきりしねぇなぁ。新しい打ち上げ日がまだ決まってないこともあるし。打上げ予備期間は18年1月20日(金)〜2月28日(火)だそうだけど。

期待してたロケット月間、出だしからちょいとつまずき気味ですなぁ。とりあえず明日に延期になった S-310 は、打ち上げは心配してないけど(この弾道ロケット、今まで失敗例がないらしい)、肝心の実験がうまくいってほしいですな。弾道飛行をしてる間に、宇宙空間でクモの巣みたいな網を張る(アンテナの一種として機能する)実験だそうで、主宰の東大・中須賀研究室はそれがメインテーマ。で、さらにその網の上を NASA(アメリカ航空宇宙局)ESA(欧州宇宙機関) がそれぞれ開発したロボットたちが動き回るらしいぞ。衛星の打ち上げじゃないんで扱いは地味だけど、なんかすごいおもしろそ〜(ワクワク)

銘板
2006.1.19 木曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060119
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

20時の情動

また S-310-36号機の打ち上げが1日延期かよ。H-IIAロケット8号機による陸域観測技術衛星 だいち(ALOS)の打上げも22日以降に決まったとさ。あ〜やきもき。

銘板左端銘板銘板右端

近頃の課題。ていうかもう長いこと背負ってる課題。それは「20時の情動」。

ほぼ毎日、大体夜8時あたりからソワソワし始めるんですな。どっか出かけたくて。で、マンキツ行ったり喫茶店行ったり映画館行ったり。なんかこの20時以降が、自分の一日の最も活動的な時間帯だったりする。

10時とか11時過ぎ頃帰ってきて風呂入って(節約のため、ここしばらく温泉通いしてないのだ)、返す刀で今度はパソコンに向かって作業を開始して(日記書きとか)、寝るのは午前2時とか。朝がツライ。昼も午後もツライ。

要は「20時の情動」を何とか押さえ込んで、パソコン作業とか読書とか、深夜から未明にかけて行われてる作業を前倒しすりゃいいわけなんだが。そうしようそうしようと思いつつ今までずるずる。よし。遅ればせながら今年の目標は、「夜行性の解除」。「その日のうちに寝る」。これだな。今年こそ。今まで失敗し続けてきた理由が明らかになってないんで、ちょっと自信ないとこだけど。

銘板左端銘板銘板右端

パソコン作業の内容はいろいろだけど、最近はアレだな。オリジナル紙ヒコーキの Web 公開準備。売りのはずの充実の説明書で、不備な点に気付いたんで全部直しまくって、インデックスページの日本語版を作ってるとこ。この紙ヒコーキを作ったソフトの事情で、紙ヒコーキの型紙と充実の説明書をいったん全部プリントアウト&スキャン&お色直ししなきゃなんなくてさ、それはもう根性で終わらせた。で、 スキャン以降は全部 FreeBSD で作ると自分に誓いを立てたんで、慣れなくてなかなか作業がはかどらんのよ。

紙ヒコーキが終わっても、まだまだ COMPAQ マシン + FreeBSD でのパソコン作業が残ってるんだよね(今回は、デジカメからの写真の取り込みからサイトへの組み込みまですべて FreeBSD のみで、が目標)。12月に撮った新作立体写真素材の加工&リリースが丸々残ってるし、フィルムカメラで撮ってた時の立体写真のネガが部屋の隅から発掘されたんで、こいつを Mac + EPSON スキャナで取り込んで FreeBSD で加工し直したいし。あと、COMPAQ マシンの FreeBSD 5.4-RELEASE を 6.0-RELEASE にしたいけど、けっこう勇気と根性と時間が必要だし(カネは不要)。

ここらへんを「20時の情動」の最中に消化できればいいわけなんだが、もう今の生活リズムがそうなっちゃってるんだよなぁ。この魔の時間帯、なぜか家に居たくない。ということでパソコン作業もどうも集中できない(日付が変わったあたりで俄然パソコン作業をしたくなる)。

20時といえばゴールデンタイムか。我慢してテレビでも見るようにしよっかなぁ。

銘板
2006.1.20 金曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060120
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

哀悼モダンタイムス

また天気待ちで明日に延期かよ S-310-36号機の打ち上げ。早いとこ打ち上げさせてくれ〜、と、本当に切に願ってるのは、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所にカンヅメになってる関係者の方々の方だろうなぁ。お互い、今しばらく辛抱しましょうや。

銘板左端銘板銘板右端

12月に盛岡でおデートした際に撮ったケータイ立体写真組ができたんで、今日はそのご紹介でも。

帆船模型

昼メシを食った、肴町商店街の喫茶店に置いてあったやつ。

ほんとはさ、その近くの「喫茶モダンタイムス」に行きたかったのよ。その名の通り、チャップリンの置物とかポスターとかいっぱいのお店で、内装のレトロ風味がまた良くて、それにウェイトレスさん(メイド喫茶が流行る前からメイド風だったっけ)の愛想がすごくいいお店。それが、喫茶モダンタイムス。

ところがいくら探せど見つからなくて。前にも今回のおデートと同じお相手と一緒に行ったことがあったから、その近辺をよくよく探したら、

整体屋になってた orz

なんか「波動によるうんたらかんたら」とか書いてあってめっさアヤシかったよ(泣)。こんなのに取って代わられちゃったのかよおいらの盛岡での心の止まり木は……。電話帳にも載ってなかったんで、お店を閉めたのはけっこう前らしい。嗚呼。

それで代わりに入ったのがこの帆船模型のお店。でもなんかちょっとお店全体が疲れてるみたいな雰囲気で、「盛岡に行ったら絶対寄ろう」とまでは行かんのよね。モダンタイムスの代わりにはなり得ないってことでひとつ。

八戸の街よりずっと文化な味わいがある盛岡の街からひとつ、文化の薫りが消えていたか。寂しいもんじゃのぉ。嘆いてばかりいてもしょうがないから、新しいマッタリ場所を探さんといかんのぉ。ていうか候補をひとつ見つけたけど店の名前忘れた(汗)。あと、映画館通りの近くにもマッタリプレイスを確保しときたいとこだのぉ。今度盛岡に行ったら探検してみるべ。

映画館通り近くのアーケード商店街で、本屋が2軒向かい合って覇を競ってるところがあってさ、どっちも2階に喫茶店が入っててさ、そのうち一方が好きだったんだけどそっちは喫茶店やめちゃって、生き残ったもう一方は、オヤジの態度が気に食わんのよね。場所的には映画館通りの真ん中近くでベストなんだけどな〜。あのオヤジがな〜。他のテーブル拭きながら「注文どーぞー」じゃねぇだろ。ちゃんとこっち来て注文聞けよな〜。アッタマ来たからもう行かねえけどな〜。

銘板左端銘板銘板右端

職場の月めくりカレンダーに書いてある押し付けがましい格言をなにげに見たら、

「今日の一日に感謝することが

今日一日を豊かにする」

だった。昨日話題にした「20時の情動」を抑えるヒントになりそうでならなさそうで。もう少し具体的に、一体どうすればいいあるか? 格言暦、答えるよろし(そういやこんな喋り方する中国人って実際いないよなぁ。どこのどいつが発明して流行らせたんだろ)。

銘板
2006.1.21 土曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060121
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

紙ヒコーキと FreeBSD 指南書

このサイトに新コンテンツだよ〜。まずはオリジナル紙ヒコーキ配布ページ。ここにリンク貼るのめんどいから、ホームページ(トップベージ)の新メニューからたどってね。しかもあんまし意味なく日英2カ国語で公開だ。英語の勉強に使えるぞ(笑) いや、簡単な英語しか使ってないけど。

紙ヒコーキの型紙をダウンロードして、A4 のケント紙に印刷して、線の指示に沿って切ったり貼ったりして作ってね。説明書に、うまく飛ばす方法が書いてあるから、ま、楽しみながらセッティングして遊んでね。その調整法を応用すると、旋回させたり宙返りさせたりできるよ。自分で言うのもなんだけど、お子さんの教育おもちゃとしてもいい線いってると思うよ。

もうひとつは、2005.12.3 でも紹介した The FreeBSD Grappler ね。こいつもリンクするのめんどいから、ホームページの新メニューからご入場下さいませ。FreeBSD いじりで発見があるごとに、乱取り形式で内容を増やしていきまっす。

これでコンテンツを3つ増やしたはいいけど、メニューを2段にしてしのいだのもいいけど、空き部屋が2つも残っちゃったよ。ということで、「空き部屋」と書いといた(身も蓋もないな (^^;))。

銘板左端銘板銘板右端

S-310-36号機ロケット、また天気待ちで1日延期だね。このプロジェクトのページの「最新のニュース」で、1月21日現在、とうとうてるてる坊主が出動(笑)

この単段式固体燃料ロケットは、尾翼をわずかにねじった形で取り付けることで、きりもみ運動しながら(コマの原理で安定させて)飛ぶんだそうで。ということは、どう考えても自律的あるいは地上からの支援による誘導装置が付いてないっぽい。

ということは、いったん打ち上げてしまえば操縦不能で、まともに飛んでるかどうか「見守るだけ」ってことになる。「見守る」んだから視界が良くないと(空が晴れてないと)ダメ、ということなんだと思う。それで、打ち上げがここまで延び延びになってるんじゃないかと憶測。てるてる坊主が効くといいですなぁ。あーした天気にしておくれ♪

一方、同じく延期してた H-IIA 8号機は、問題の部品の交換と動作試験が順調に終わって、打ち上げが23日(月曜)に決まった。こっちの方は S-310 とは違って、「慣性誘導装置」っつうのが搭載されてる。これ、ロケット自身が自分の位置や姿勢や速度をリアルタイムで感知して、事前に入力された3次元のコース(空を飛ぶんだからね)に沿って飛ぶように自動操縦するというスゴメカ。

そんなわけでまぁこっちも「見守るだけ」なんだけど、目視確認の要素はあまり重要じゃなくて、H-IIA ロケットから電波で送られてくる、ロケットの状態を示すテレメトリデータの方が大事(そういえば延期の理由は、このデータ送信系の不具合だった。そりゃ放っとけんわな)。つうことで、曇り空で視界が悪くても打ち上げは可能。もしかしたら、少しくらいなら雨が降ってても大丈夫なのかもしんない。雨雲の上に出るまで1分もかかんないし。

もうとにかく成功してほしいですな。打ち上げ。来月中頃にもう1発、H-IIA 9号機(運輸多目的衛星2号機を搭載)が控えてることだし。

銘板
2006.1.22 日曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060122
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

掘り出しもの映画2本

おおっ諸君、天気待ちで伸び伸びになってた S-310-36号機の打ち上げと実験、見事成功したらしいぞ。

「全システム正常に動作後、実験完了」

と来たもんだ。てことはロケット自体の打ち上げ成功はもとより、肝心の積荷の方も、宇宙空間で弾道飛行しながら、親衛星から3機の子衛星が網を引っ張り出しながら飛び出してアレイアンテナを形作って通信実験に成功した挙げ句、その網の上を小型ロボットが走り回ったっつうことになるな。いや〜よくやった関係者各位! 今夜は存分に飲んでくれ。ていうか関係者の皆さんは、今ごろは狂喜乱舞しながらデータ解析にいそしんでるんじゃないかと。

さてこれで今年1月〜2月の「ロケット月間」の勢いが付いたってもんだ。続く23日の H-IIA 8号機 + 陸域観測技術衛星 だいち の打ち上げも、この調子で気持ち良く行ってほしいですなぁ。

銘板左端銘板銘板右端

今日は『Mr. & Mrs. スミス』と『空中庭園』を観てきたですよ。

「Mr. & Mrs. スミス」、どうせハリウッドお得意の空騒ぎ映画なんだろうとハナっからバカにして今まで観なかったんだけど、いや、公開中に観てほんと良かった。だって面白いんだもん。

事前に新聞の映評で読んだところによると、「お互いに殺し屋と知らずに結婚したカップルが、ある現場で鉢合わせたことから、プロフェッショナル同士の壮絶な夫婦喧嘩に発展する」とのことで、まぁそれが「空騒ぎ映画説」をおいらに植え込むことになった。でもそれは中盤までの話。もう公開終了間際なんで少しくらいならネタバレしてもいいよね。

そこからでっかいドンデン返しがあって、離婚まで行きそうになってた2人は仕方なく手を組むことになる。そこからがクライマックスの始まり。これがまたもう最強コンビなわけで、それまで潜伏していた巨大な敵と、生き残りを賭けた一戦を交えることになるってな筋書き。とりあえず話が面白くてさ。しかもアクションも見事。ことにガンアクションに関しては、おいらぁかつて香港時代のジョン・ウー映画でタギらされた熱い血が再び沸騰するのを感じたね。

そう、今日の今日まで気が付かなかった。ジョン・ウーが創造したあのガンアクションスタイルは、主役が2人以上のコンビプレイでその真価を発揮するものだったのだよ。嗚呼、『Mr. & Mrs. スミス』の製作者はそのツボドコロをおいらよりはるかに深く分かってらした。ほんとに素晴らしい段取りと演出でございました。

下手にスローモーションまで真似しなかったのもまた正解。それが失敗したら笑い者だし、成功したってただの猿真似だし。こうして、かつておいらが自力で発見した(当時誰も評価しなかった)「ジョン・ウー的ガンアクションの美学」が、世界標準としてしっかりと受け入れられたのをこの目で確認できたかと思うと、感慨もひとしおですよ、ええ。おいらの目は間違ってなかった。それが分かっただけで大収穫っす。

続けて観たのは『空中庭園』。あの、公開前という大事な時期に監督がシャブ不法所持で捕まってしまったという、舞台裏を見れば不幸というか間抜けというか、そういう境遇に陥ってしまったあの『空中庭園』。でも作品は作品。そのスキャンダルは切り離して観ることに決めた。

したら、予想外にいい出来じゃないですか。八戸フォーラムで1週間のみ公開ってことで、今日しかチャンスがなくて慌てて観に行ったんだけど、まだ公開2日目の日曜の夕方だってのに、客入りが思わしくなくてなぁ。10人くらいかなぁ。やっぱシャブ事件のせいかねぇ。まぁ同じく公開2日目の夕方に観た『アラハン』なんか、おいらも入れて2人しかいなかった(笑)から、それよりずっとましだったけど。てことで、事件は事件、作品は作品ってことで、多くの人に観てほしい良作なんですが(エグい設定や場面がちょこちょこ入ってるんで、お子ちゃまには見せられないけど)。

内容はそういうわけで折り紙付けとくとして、個人的感想としてですね、

キョンキョンと鈴木杏の親子って

かな〜りゴージャスじゃね?

いやもうそれだけでかなり満足してたりして (^^;)

それと、『魁! クロマティ高校』のマスクド竹之内がお父さん役やっててさ、慣れるのにちょっとかかったよ(笑) いや、クロ高での板尾創路ってちょっとしか顔出さなかったのに(だって出番のほとんどでプロレスのマスク被ってるんだもん)、なんか印象がすげぇ強烈で。そういや『真夜中の弥次さん喜多さん』にも、ジャンキー芸人の役で出てた気がする。芸能界に疎いんでよく知らんけど、売れっ子さんなんだね。

銘板
2006.1.23 月曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060123
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

チャンスをフイにした日

八戸フォーラム作戦会議に行ってきたよん。なんかものものしい名前だし、まぁまじめな企画会議もするんだけど、ボランティアスタッフが集まってわいわい楽しく映画話するっつうのが楽しみな会だったりする。

ときどき「市民の映画」って企画をやるんだけど、これがまた毎回好評で、この前の『飢餓海峡』なんかも平日1日だけ4回の上映で、チケット完売だったですよ。で、次にいつ何をやるのかの話で、とりあえずおいらは『新幹線大爆破』(1975・東映)を提案したさ。だってすげぇ面白いんだぜ! そりゃ提案のひとつもしたくなるってもんだ。

そして、多数決で手を挙げたのはおいらだけだった orz

B 級臭いタイトルで損してる作品なのさこいつは。

それとさ、今回から新しく参加されたボランティアスタッフの女性がとってもおかわいらしかったんで、帰りにお願いして写真撮影させていただいたですよ。でも写真撮れたことで浮かれてしまって、Web 掲載許可の話するの忘れてしまっただよ。あとで聞いてみるから、オッケーだったら載せちゃうのだ。と今、パソコン上で写真を確認したら、肝心のお顔がめっちゃ露光オーバーで、なんだかよく分からない写真になってしまってたよ _| ̄|○

Web 掲載は、写真の出来として大変不本意なクオリティに終わってしまったんで、今回は見送らせて頂きますです(断腸)。せっかくのチャンスを、せっかくの……ぶつぶつ。ご本人に現物をお見せして事情を言って、今度またお願いしようかなとか……ぶつぶつ……。

銘板左端銘板銘板右端

H-IIA 8号機 + 陸域観測技術衛星 だいち(ALOS)の打ち上げ、今度は発射台側の不具合で1日延期になっちゃったね。

銘板
2006.1.24 火曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060124
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

国の根幹はどっちだ

堀江コノヤロウ! いつまでもトップニュースに居座ってんじゃねぇ! おかげで昼の NHK ニュースでの H-IIA 8号機 + 陸域観測技術衛星 だいち(ALOS)の打ち上げ成功の報、かなり後回しにされちまったじゃねぇか。シカトされるかとさえ危惧したぞ。しかも内容すげぇアッサリ。まぁ昼の時点じゃ詳細の発表前だったから、アッサリは仕方ないっちゃ仕方ないけど。

あのさ、日本て国は科学技術立国なんじゃなかったっけ? テクノロジーでメシ食ってる国なんじゃなかったっけ? だったら

マネーゲームの醜聞ごときより、

ロケットの打ち上げの方がずっと

国の根幹に関わるネタだろーが!

そんなマスコミの対応ぶりに大変不満なんだが(先立って成功した S-310-36号機実験なんてどこも完全シカトだもんな)、ともあれ今日の打ち上げは成功! 衛星の関係者の方々はこれからが本番だけど、ロケットの関係者の皆々様方、今夜はまぁ一杯飲んでくれ。打ち上げ後の打ち上げってやつだ。うははは(←オヤジ系)。6号機の打ち上げ失敗以来の出直し2回目で大変緊張したと思うけど、本当によくやった! そして今回でとうとう、先代の H-II ロケットの打ち上げ回数を抜いたぞ。しかも打ち上げ失敗が1回少ない。大変喜ばしいことだよ。この勢いで、来月15日の H-IIA 9号機 + 運輸多目的衛星2号の打ち上げも成功させとくれっ。

したら夕方5時ちょっと前、JAXA からメールマガジン着信。

  陸域観測技術衛星 だいち(ALOS)の

  太陽電池パドル(PDL)の太陽追尾状況について

げ、大丈夫かよ だいち。ええとなになに……、

(前略)太陽電池パドル(PDL)の太陽追尾状況及び発生電力が正常である事を確認致しました。
  衛星の状態は正常です。(後略)

びっくりさせんなよ ε=(-o-;) ホッ こんな思わせぶりなタイトルのせいで、だいち の先輩にあたる、大型地球観測技術衛星 みどり、みどり II(両方とも電源系にトラブルが出て、稼働してから1年と持たずに死んでいった)を連想して、「早速やっちまったか!」と早合点するとこだったすよ。

ま〜今のとこ、衛星も本格稼働に向けて健やかにセットアップされてるみたいだし、よかったよかった。でもさ、明日の新聞もやっぱし堀江系一色なんだろうなぁ。最近とみに、宇宙機の打ち上げ関連に対して新聞の扱いが低いよなぁ。去年の7月の X 線天文衛星 すざく 打ち上げ成功の時も、限りなくベタ記事に近い扱いだったし。まぁ失敗待ちだからなヤツラは。

そのうえロケットの成功 or 失敗にばっかし注目して、肝心の積み荷(宇宙機や実験装置)が何をするのか、その働きで世の中の暮らしや科学と技術の将来の、何がどうなるのかまできちんと伝えないんだよね。そっちの方が事の本質だってのにさ。事前の取材で手ぇ抜いてるの丸分かりだぞマスコミ。

つうことで、ま、明日の新聞は期待しないでおきますわ。かつてモノ作りが売りだったこの国も、今や守銭奴が主役の国になったってことですかな……。

銘板左端銘板銘板右端

ていうか、ホリエモンがアジア地域の販売権を買った、ロシアの宇宙船での宇宙観光旅行、これからどーなるんだろ。

銘板
2006.1.25 水曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060125
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

新聞が書かない技術的芸当

やってくれました読売新聞。ホリエモンネタだらけで、昨日の H-IIA 8号機 + 陸域観測技術衛星 だいち の打ち上げ成功、完全無視。1面に載らないのは、日本の衛星打ち上げが日常化してきたとも取れるんで甘んじて受け入れるとして、社会面のベタ記事にさえなってないってのは一体どういうおつもりで?

朝日新聞とデーリー東北(八戸とその周辺の地方紙。恐らく記事自体は共同通信から買ったものかと)も1面には載ってなかったけど、社会面に写真付きでちゃんと載ってた。両紙とも、限られたスペースに最大限の情報を盛り込んでて、ある意味報道屋魂を感じさせるものがあったよ。朝日なんか署名記事だったし。でもやっぱどっちも情報量(紙面スペース)の制約のせいで舌足らずな感じで、両方読んでようやく理解した内容とかあったりして (^^;)

デーリー東北(共同通信?)の記事は、打ち上げられた衛星の説明により重点を置いてた。うむ。正しい姿勢ですな。一番大事なのは、ロケットより積荷の方だからして。

読売って、衛星打ち上げの記事を書いたら書いたでめちゃめちゃトンチンカンだったりするからな。笑い者になった挙げ句にもう懲りて宇宙関係には触らないことにしたとか?(笑)

銘板左端銘板銘板右端

昨日の夜、JAXA から だいち の軌道計算結果のメールが来たよ。


決定値計画値
遠地点高度711.4km(709.8km)
近地点高度692.9km(692.5km)
軌道傾斜角98.2度(98.2度)
周   期98.8分(98.8分)

すげぇ。ドンピシャじゃん。H-IIA ロケットってここらへんのスペックが凄まじいんだよな。え?「誤差が遠地点高度で 1.6km、近地点高度で 400m もあるじゃないか」って? まぁ地上の感覚だとけっこうな距離な気がするけど、比率で見るとそれぞれ、0.23% と 0.06% だよ。ドンピシャと言っていい誤差だと思うよ。

ていうか天体の運動の場合、本来はその「系(重力でお互いを回り合う天体同士のワンセット)」の重心位置からの距離で考えるもんなんすよ。で、今考えてる系の場合は、地球と だいち。両者は質量差がとんでもなくあるんで、「系の重心位置=地球の中心」と近似して考えていいのだ。ということで、それぞれに地球半径の 6366.2km を足して計算し直してみよう(もっと精密さを求めると、今回みたいに地球をなめるような低い軌道だといろいろ別な要素も絡んでくるんだけど、おいらそこまでは計算できないんで無視しちゃう)。


決定値計画値誤差%
遠地点距離7077.6km(7076.0km)0.0226%
近地点高度7059.1km(7058.7km)0.0057%

ほれ、さっきの計算よりさらに精度が1桁上がった。ドンピシャっつうかホールインワンだってば。

こんな極限の芸当をやってのけてるわけですよ日本の宇宙技術は。諸外国に比べると呆れるほど低予算で切り盛りしてるんだから、ときどき失敗するのもしょうがないと思う。そこらへんの凄さ、マスコミの人たちはどうして分かってくれないかねぇ。たまにでいいから気付いてほしいもんだが。

銘板
2006.1.26 木曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060126
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

ミトコンドリア・イヴ + 知性体仮説

え〜毎度バカバカしいオリジナルトンデモ珍説でもひとつ。

やっぱし人類は、別の知性体によって作られた!?

というトンデモ仮説を思い付いちゃってさ。これだけなら既出だけど、新根拠を示せれば新説になるわけだ。では早速その説明をば。

現生人類の遺伝子は、チンパンジーとか他の類人猿に比べて、著しく多様性に乏しいのだそうで。これについて、生物学者さんたちの大方の意見として、「現生人類か直系の祖先が、世界中に拡散し始める前に、一度かそれ以上、絶滅の危機に瀕したから」というのがある。おいらとしても、それが一番あり得る説とすることに異存はない。「ミトコンドリア・イヴ仮説」というのがそれを裏付けてる。「ミトコンドリア・イヴ仮説」ってのは簡単に言うと、「全ての人類は、たった一人の母親(ミトコンドリア・イヴ)から生まれた」という説。

この仮説の詳細はここで説明するのはめんどいんで、よその資料を当たって頂きたい。小説だと『パラサイト・イヴ』(瀬名秀明 著)あたりで詳しく論じられているかと思われ(おいらは未読。映画版だと、その仮説に至るまでの過程をけっこう端折ってたな)。科学的根拠があるんで、学会からかなり支持されてる。

ともかく、現生人類ってのはとんでもなく少ない人数からスタートまたは再スタートしたことは確かなんだな。

でさ、ちょっと違う話になっちゃうけど、さっき風呂に入りながら思い付いたんだわ。例えばの話、人類よりはるかに多様な遺伝子を持つチンパンジーの中から、生まれつき知性的なオスとメスを選んで交配させたとする。頭のいいチンパンジーの子が生まれますわな。で、その他のチンパンジーの中からまた頭のいいやつを抽出して、エリートの子と交配させて、もっと頭のいいチンパンジーの子を作る。そうしてどんどんチンパンジーの頭を良くしていけば、いずれは人類並の文明を築けるレベルにまで行っちゃうんじゃないかと。

実例として馬なんか挙げちゃう。人を乗せてより速く走る馬にすべく交配を重ねた結果が、今のサラブレッド種。青森県の観光資源の寒立馬(かんだちめ。荷駄運搬や農耕用の馬)なんかとは全然違う体つきになってしまってる。こんな感じで、チンパンジーのサラブレッドを作れちゃうんじゃないのか。

風呂から上がって体を拭きながら、はたと気付いたね。もしかして現生人類って、そうやって生まれたんだったりして、と。類人猿をベースに、何者かがその中の知性が優れたやつを作為的に抽出・交配し続けた結果が、我らホモ・サピエンスだったりして。謎の知性体がまさに人類の母体として抽出したのが、ミトコンドリア・イヴだったりして。なーんて考え付いたのだよ。ミトコンドリア・イヴがホモ・サピエンスだったのか、それともそれ以前の原人だったのかはおいら知らんけど。

……、

……、

……。

なんか今アメリカで猛威を振るってる、進化論反対論者が飛びつきそうな話ではあるな。

ま、提唱者自身が信じてないって時点で、この仮説の限界が既に見えてるわけだが (^^;)

銘板
2006.1.27 金曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060127
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

偽物出現

迷惑してるんですが。おいらの偽物が八戸市内で跳梁跋扈してくれてて。

おいら単体の偽物ってわけじゃなく、おいらの父方の爺さんや親父(ともに故人)の息子の名を、あるいはうちの一族の名を騙ってるらしい。

父方の爺さんの息子(おいらの叔父さん)は2人いて、ともに八戸市内で元気に暮らしてるけど、その2人じゃない。おいらの親父の息子っつったらおいらしかいない。

この偽物が誰かは目星がついてるからまぁ不気味な事象じゃないんだけどさ、どうもこの偽物、人が集まるいろんなところに出没しては、政治やら何やらにまつわる、明らかに偏ったゴタクを並べてるらしいんだわ。その偽物野郎が支持しない政治家や政党の悪口とか。

おいらそういう、特に政治や政策で誰かに肩入れするような演説なんて、人前じゃしないことにしてるんですが。陰口になる可能性もあるし、それで目の前の人やその人とつながりがある人の気分を悪くするかもしんないってのがイヤでさ。ていうかそれで恨みを買うのがイヤで。でもおいらの偽物はそんなことおかまいなしに、各方面で好き放題ぶっ放してるらしい。

で、そのご高説の説得力付けとして、うちの名前を騙ってるらしい。しかしまぁどうせ騙るんなら、八戸にただ長く居るってだけのうちなんかじゃなく、八戸の名家とされるところの名を騙ればいいと思うんだが、なんかこの人の親父さんとうちの爺さんが付き合いあったみたいで、それがうちを利用する根拠になってるらしい。

問題の人物、去年八戸に帰って来たんだけどさ、もと居た関西方面でも相当評判が悪かったらしくて(その時点で彼の悪評はうちにまで轟いてた)そこに居られなくなって、他に行くあてがなくて帰って来ちゃったらしい。来なくていいのに。はじめはのうちは、我が家の親戚っつうことにして、いろんなところでいろいろとうちにとって迷惑な言動をしてたそうなんだけど、それが最近じゃ、我が家の息子という設定に昇格させて活動を続けてるらしい。

勝手にすり替わらないで頂きたい(怒)

とはいえ、こっちから連絡取るってのもなんかムカツクしさ。こういう手合いは一体どうしてやったらいいんだ。

銘板
2006.1.28 土曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060128
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

壊れた人は、なぜ壊れたのか

さて何から書いたらいいもんか。ある知り合いのことを書こうとお題を決めたはいいものの。

とりあえず思い付くまま書いてみるか。お、FreeBSD + Canna で一発で一文の変換が成功したぞ。おお、まただ。使い込むごとに少しずつアタマ良くなって来てるんだな。パトレイバーみたいなやつさ。うむうむ。と話を逸らすのは、どう話していいか、まだ迷ってるから。

「知り合い」ったって小・中・高校の同級生のことなんだわ。友達かと言われると、おいら的には No だな。あ、そういえば中学のとき同じ部活だったわ。バレー部。こいつスパイクが強烈でエースアタッカーだったんだけど練習のときだけで、試合になるととたんに打てなくなるやつでさ、先輩からは「ノミの心臓」と言われてた。まぁおいらなんか特にバレーボールが好きなわけでも得意なわけでもないのになんとなく所属してただけで、当然全然うまくならないわけで、バレーボールに関してはこいつよりはるかに下な存在だったんで、あんまし言えた義理じゃなかったりするけど。

おいらはこいつが嫌いだった。

ていうか、こいつを好きなやつなんかいなかったような気がする。女の子ウケはどうだったか知らないけど、男でこいつといつも一緒につるんでるやつはいなかった。んー、やっぱしどう思い出しても、こいつが女の子と話してるところなんてのも一度も見たことない気がする。やつは孤独だったのかもしれんなぁ。でもそんなに徹底的に話しにくいってわけでもなくて、部室でバカ話なんかしたのは覚えてる。でもこいつギャグセンスがなくて、つまんないことを言っては自分だけでウケてた。

ムラッ気だったな。突然怒ったりして。なんかいつも抑え込んでる衝動があった、みたいな。みんなそれをなんとなく感じてたから、こいつと付き合いにくかったんだと思う。

あからさまにイヤなやつなときもあった。中2のときだけ同じクラスになったことがあるんだけど、定期テストの英語や数学のとき、やつは必ずクラスのみんなにプレッシャーをかけてきた。定期テストだと、教科の先生が巡回して来るじゃないの、質問を聞きに。彼は必ず質問してたな。どんな質問だったかは知らん(自分のことで手一杯だったんで)。けど覚えてるのは、やつはいつも後ろの方の問題について質問してたってこと。

これやられて焦ったね。「あいつ、もうあんなとこまで進んでやがる」と。でもその手に乗せられたのも1学期の期末テストあたりまで。よく考えたら、後ろの問題から先に目を通せば質問できるわい。そうやってクラスのみんなにプレッシャーを与えてたんだなーと理解したよ。気付いてしまったら、もうバレてるのにまだそんな茶番やってるあいつが滑稽に思えたりして。

どうも家庭の事情が、彼の精神に何らかの影響を及ぼしてたらしい。いや、別に家庭の事情っつったって、家庭内暴力とか、親が酒乱だったとか、経済的に苦しかったとか、そういう要素はなかったっぽい。やつの趣味は釣りで、よく父親とと一緒に釣りに出かけてたらしい。父親との軋轢はあまりなかったっぽい。

一度だけ、部活のミーティングでやつの家に行ったことがあったけど、今思い出すに八戸基準でかなり上の方な暮らし向きな感じだったよ。そして完璧な家庭に思えたよ。お菓子を運んで来てくれたお母様は、一点の曇りもなく朗らかで上品だった。

10年くらい前、そのお母様に、道端で出会った。こっちは1回会ったきりで完全に忘れてたのに、お宅に1度お邪魔してから相当経ってたのに、向こうはおいらの顔と名前をしっかり覚えてて、向こうから話しかけて来た。

「あら、ゆんずさんじゃないですか? 渡辺太郎(仮名)の母です。お久しぶりですねぇ。うちの太郎、今、○○に勤めてますのよ。今度飲みにでも誘ってやってください。では失礼いたします (^^)」

相変わらずの朗らかさと上品さ。でも、なんか知んないけど違和感ってほどじゃないけど、みたいなものをちょっと感じたよ。何なんだろこの感触。今もその感覚は思い出せる。あの朗らか上品で一方的に押されたからかなぁ。

そこらへんを根拠に、やつがなんだかヘンテコだった理由を、家庭事情の知られざる部分に求めるおいらなんだが。

5年くらい前に聞いた、渡辺太郎(仮名)目撃情報。

なんかさ、安っぽいジャージ着てグラサンして街を歩いてたよ。

んむぅ、おいらも服のセンスはない方だけど、ここまでアバンギャルドにはなれんよさすがに。彼の精神の変調ぶりを表してるとおいらは思う。いや、昔から変調しっぱなしといえばそうなんだけどさ、それにしても、社会人になってその服のセンスはどうかと思うぞ。

去年の夏に聞いた、渡辺太郎(仮名)目撃情報。

100均の店の内で見かけてさ、両親の後ろをついて歩いてたぞ。でさ、目が完全にイッてた。

ついに壊れてしまったらしい。社会人生活を送れてるのかどうかも怪しい。

これでほんと疑問なのは、何が彼をそうさせてしまったのか、っつうこと。体は、バレー部のエースやったほどで問題なし。頭は、成績いい方だった。性格はあまり良くなかったけど、そういうのは普通、歳を取るごとにいろいろ学んで丸くなっていくもんだと思う。特に不自由がなさそうな家庭に生まれ育って、なんで彼は自分の人生から転落してしまったのか。

友達がいないというところからしても、彼のヒストリーには家庭の占める要素がことさら大きかったと思う。家庭の真実は外から見るぶんには分からんものだから、やっぱしそこらに原因が潜んでるんじゃないかと思うわけ。ところが彼は、いまだにその家庭の引力に捕まったまま、親に保護されて生きてる(っぽい)。なんかこう、「出口なし」って言葉が頭をよぎってしまったよ。

おいらと関わったことのある人は、みんな幸せになってほしい、あるいは幸せでいてほしいのよね。この渡辺太郎(仮名)然り。イヤなやつで嫌いだったのは子供の頃の話。昔は昔。今は今。窮状にある(と思われる)あいつを救う方法はないもんかねぇ。でも、目がイッちゃったやつの扱いなんて分からんし。ま、「やつのこれからに幸あれ」と漠然と祈るしかなさそうですな。

銘板
2006.1.29 日曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060129
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

ひかりの糞

ひかり電話のルータがクソだ。

PC と接続できなくなった。PC から ひかりルータの DHCP アドレスが見えない。これ、月曜に職場から書いてる。

思えば SETI@home ができなくなったのも、ひかり電話の専用ルータを導入してからだ。

ひかり電話のルータはクソだ。

前に使ってた BUFFALO 製ルータは完璧だった。で、うちの PowerMac G4 にあてがわれた DHCP アドレスは「192.168.11.2」。NTT からよこされた ひかり電話のルータに替えたら、「192.168.1.2」があてがわれた。どっちかつうと、「……1.2」の方が自然なんだが、どうもこの変更を SETI@home 側で受け入れてくれないらしい。

同時にやってる Einstein@home の方の登録コンピュータ情報は「192.168.1.2」にサックリと自動変更を完了したことからして、SETI 側にも問題があるように思える。ひかりルータとの相性なのかもしれん。SETI の登録を見ると、うちの PMG4 の IP アドレスは相変わらず「192.168.11.2」のまま。だったら、ひかりルータが PC に出す DHCP アドレスの方を「……11.x」となるようにすればいいのでは?

そう設定変更したら、PC から ひかりルータが見えなくなった。当然これ以上の設定変更不能。お手上げ。

ひかり電話のルータはほんとクソだ。

早いうちに NTT のサポートに連絡入れるべ。

銘板左端銘板銘板右端

そういえば ひかりルータ、届いた当初から様子がおかしくてなぁ。LAN の3番、4番ポート、PC を起動するごとに違う DHCP アドレスを割り振られて、PC 間の通信がめんどくて実質上できなくてさ。10日くらい前にルータのファームウェアを最新のにしたらようやく直ったぐらいにして。それでも1番、2番ボートはプラグが入ってさえいればプラグ脇の LED(意味なく2個ずつ付いてる)が光るのに、3番、4番ポートは PC を立ち上げなきゃ光らないっつう点は同じ。根本的なところはそのままらしい。なんかまだ不安。

でもそのとき ひかりルータの自動再起動がうまくいかなかったんだよな。なりなりに使い出したけど、なんかそのあたりでもちょっと信用できなかったぐらいにして。

どうでもいいから半端なもん出すなや NTT。けっこう前にもそういうことあったしな

銘板左端銘板銘板右端

んでまたそういえば、Xbox360 って、小学生から「くそさぶろう」って呼ばれてるんだって? ネーミングセンス素晴らしすぎるぞ小学生(笑)

銘板
2006.1.30 月曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060130
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

初期化の秘法を訊くの巻

NTT のサポートに電話で相談したら、ひかり電話のルータの初期化の方法を教えてもらった。説明書に書いてあるそうだけど発見できなかった。初期化は、今晩は飲み会だから明日にでもやってみるか。ついでにファームウェアの新しいのあったら入れてみるべ。

PC の DHCP アドレスを「192.168.1.x」→「192.168.11.x」にすることについては、「もしかしたら範囲外かもしれない」とのこと。で、そこらを教えてくれるフリーダイアルを教えてもらったよ。夜9時までだそうだから、やっぱ明日以降だなこりゃ。とりあえず現状復旧が目標。

しかし、ひかり電話で基本料が安くなったのはいいけど、ルータを選べないってのは不便だよな〜。しかもよりによってこんな、設定ちょっといじっただけで引きこもりになるような腐れたルータよこしやがって……ぶつぶつ。

契約このままにして、完璧に動作してた元の BUFFALO ルータに戻しちゃおっかな。電話使えなくなるけど、ほとんど使ってないし。

つうことで、オタケンに進呈する予定だった BUFFALO ルータは、しばらく囲っておくことになりましたとさ。そういうことだよオタケン。これ読んでる? それもこれもみんなみんな NTT が悪いんだ……ぶつぶつ。

銘板
2006.1.31 火曜
前日に飛ぶ
http://yunzu.qee.jp/threedstudio/copages/htrgtr/htrgtr0601.html#LOG20060131
 この記事へリンクを貼る時は↑の URL をコピペしてね。

ちょっと目覚め

たとえお世辞でもいいのよ。ゆんずシヤワセ! (*▽* )

昨日、服のセンスをほめられた。ていうか「ゆんずさんの服、いつもカワイイですよね」と言われただけなんだけどさ。10歳くらい年下の女性に。

いや〜服のセンスのなさに劣等感を抱き続けてきた我が人生において、かくなる有り難きお言葉を頂戴するなどとは、まっこと極めて稀なる事象なのであーる。

もしかしたら「かわいい」の前に「(年甲斐もなく)」がこっそり入ってたのかもしんないけど、いいの。うん。いいのよ。とにかく今はこのトキメキを大切にしたいのよ。当然だけど「かわいい」ったって、フリルとかフレアとかのブリブリ系じゃねっすよ(それだとかわいいどころかブキミ (-_-;))

その日着る服の配色を考え出したのって、けっこう最近なんだわ。ここ1, 2年くらい。服自体はバーゲン品とかの安物だけで、ブランドにもトレンドにも全く興味ないまんまなんだけどね。

発端は明らかにこのサイト作り。昔のバージョンの『さんでー立体写真館』トップページはもう、我ながら「悪趣味だよな〜」と呆れるくらいひどい出来だった。ていうかもっとひどいページを見つけては安心したりもして (^^;) 悪趣味なうちのひとつが配色だってのは分かってた。背景色を明るめに、文字色を暗めにすると読みやすい、ということくらいは分かってたから、それだけははじめから導入してた。でも具体的にどういう配色がいいのかまでは分からなくて。

そんでたどり着いたアイディアが、いまだにやってる「背景色と文字色を、ページ読み込みごとに JavaScript でランダムに替える」(Windows 用 IE でのみ背景色が表示されないけど、おいらのせいじゃないっす。PNG 画像のアルファ値 [透明度] データをまともに処理できないという、 IE 独特の間抜けなバグ。なぜか Mac 用 IE だと正常だったりする)。もう配色を天の采配に任せちゃうことにしたわけだ。

それでこうして HTML 形式で日記を書いたりしますわな。ちゃんと出るかどうか、ローカル環境でブラウザに表示して確かめますわな。推敲するたびに何回も確かめますわな。その度にいろんな配色を無数に見られますわな。そうしてるうちに、何が悪くて何がいいのか、少しだけ感覚的に分かるようになってきた、と。

とりあえず補色はアウト。赤っぽい背景色に緑っぽい文字色とか、その逆とか。明らかに気持ち悪い。青と黄色も補色でアウト。文字と背景で同系統の色が出ると綺麗な感じになるし、読みやすい。

うちのサイトだと真ん中に日記窓があるんで、枠の背景色と真ん中の背景色が違ってくる。そこで発見。薄色同士だと、補色でもそんなに悪い感じがしない。

世の中のプロのデザインはどうなのか。補色を使ってそれでいて素晴らしいものはないのか。

ありました。過去の F-1 マシンで。ベネトン・フォーミュラ。確か大体1987〜1991あたりまで、赤と緑の大胆な補色カラーリングだった。で、アパレルなだけあって、それでもカッチョよかった。今思うに、両色とも深い(黒寄りの)色だったことが成功の秘訣かと。うちのサイトの背景表示の逆パターンですな。

補色の裏技その1。両色の彩度や明度を原色から同じ方向に同じだけハズすこと。

その後、ベネトン・フォーミュラの車体は自社宣伝をやめて、タバコ会社のキャメルの広告を塗られることになる。キャメルもまた補色。鮮やかな黄色地に青のロゴ。それでもやっぱしカッチョよかった。これはあれですな、青が若干くすんでる&暗めなのがポイントかと。青っつうよりインディゴだよね。あれがもし真っ青だったら気持ち悪かったろうなぁ。

補色の裏技その2。1色に原色を使ったら、補色のもう一方は原色じゃなく、渋めの方向にハズすこと。

補色の総括。結局なんで一般に補色がよくないのかっつうと、目がチカチカするからなんですな。だから補色を使うときは原色同士じゃなく、どっちか一色または両色をビビッドの線からハズすのがコツ。両色をハズすときは同じ方向性で。

とまぁ、中嶋悟が現役で F-1 に乗ってた時代には、おいらにはそこらへんの感性がまったくなかった。けど今じゃプロの出来上がった配色ならちょこっとは読めるようになった。配色の善し悪しが少しは分かるようになった。無手勝流でも、やればこのくらいにはなれるもんなんだな。

そんなこと考えてたら自分の服が気になり出して、有り合わせの服で自分なりに色合わせし始めたってわけ。今気になるのは配色だけだし年季も浅いんで、ピーコチェックでもされようものならツッコまれまくりは確実だけど。

そういや12月にも、居酒屋で居合わせた他の客(どっかのねーちゃん)に「そのジャケットかわいー!」としきりにほめられたよ。自分でも気に入ってるブツなんで嬉しかったっけ。実は去年の3月に冬物一掃処分で買ったやつなんだが。2480円だったよ〜な (^^;)

銘板左端銘板銘板右端

自宅のネット環境、NTT のサービスに教えてもらった通りに初期化してようやく復旧しただよ。で、そのあと説明書にその初期化方法がちゃんと載ってたことを確認。パニックになっとったですはい。

銘板
銘板