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「内臓ネタ? 強いわよあたし〜〜」
と豪語する者はここから去れ! おっとこの言い方は失礼ですよね。
どうかこのコーナーからお去り下さい。多分これから先の話は物足りないでしょう。
「切開手術の映像とか見ると、吐き気が止まらないんです俺ぇえ〜〜」
な方、どうぞどうぞ。
僕もそうです。ご安心下さい。
そんな人たちは、こういうこともご存知のはず。

でも無理してそういうネタに耐えていると、無意味にニヤついてしまう

胸にこみ上げる不快感と容赦ない内臓ネタ攻撃の板挟みになると人は思わず、
「かんべんしてくださいっすよ〜」
と、意味もなくへらへら笑いたくなるものさ。
……、
……、
……。
なるの!(←強引)
ならない人はお去り下さい。多分これから先の話は、そういう強靱な感性をお持ちの方々にはつまらないでしょう。

では僕と感性を共有するあなた。これから先の僕の体験談、ちょいと読んでへらへら笑ってやって下さい。以下の話は僕自身ではもう気持ち悪すぎて、誰かに伝えなきゃ気が収まりません。
 
 
もくじ
凶悪レバー
おぞーにバグパイプ
ひざきらびやか
父の容態
きん〇ん漬け
アボカド侍桃太郎の傷跡
必殺メリケン仕事人 洗髪派

鉄柱

鉄柱

鉄柱

 

凶悪レバー

 肝臓、好きですか?

 僕は小4のとき、晩ご飯のおかずで親に無理やり食わされたことがあります。
 どこかからの頂き物だったそうで。
 それまでに納豆もピーマンもほうれん草もしいたけもチーズもグラタンも、親に強制された結果、好きな食べ物へと変わっていったのを思い出し、僕はその時も親を信用して巨大なレバーを我慢して何枚も何枚も食べました。
 食ってる先からあの独特な匂いが鼻を突きまくるにも関わらず、妙にモフッとした食感をこらえ、すっきりしない喉ごしをも無視し、ただひたすら僕はそのノルマを達成すべく食いまくりました。
 何よりも強烈に印象的だったのは、そのうちの一枚の真ん中にぽっかりと穴があいていたということです。穴の入り口の三次元的形状からすると、どう見てもこのレバーの持ち主が生きていた頃からの正常な穴らしく、それが「器官」であることをこれでもかと自己主張してるかのようです。
 途中で思い直さないよう、一気に全部食いきりました。胃からの刺激がもう三半規管にまで変に伝わったようで、立って歩くのも楽じゃありませんでしたが、くじけそうになる自分を励ましながら、なんとか部屋までたどり着きました。

 そこからです。

 「小学四年生」とか「ドラえもん」の単行本を必死になって読んでいたのですが、やはり胃を突き上げるような不快感は、消えるどころかますます強く激しくなっていきました。
 げっぷが鼻を通るたび、僕の脳髄を容赦なく殴りつけるレバー臭。それは先程の激闘時に体験した不気味な視覚・触覚をいちいち思い出させました。
 とうとう僕の消化器系の暴走は、僕なんかの貧弱な意志などでは止められない域にまで達しました。口を押さえながら全力で走って洗面台までたどり着くと、僕は既にのどちんこまで進攻していた熱いものを射出しました。迷うことなどありません。
 ゾル状の物質は止めどなく僕の口と鼻から、鉄砲水のごとく飛び出してきました。その合間に深呼吸するもんだから、pH 2.3(だったっけ?)を誇るレバー混じり胃液のしずくが気管にまで逆流してきたりしてそりゃあもう阿鼻叫喚の地獄絵図!

 泣きました。

 大物を出し尽くすと、洗面台に顔を突っ込んだまま耳以外の顔中の穴という穴から液体をしたたらせ、僕は泣きました。自律神経が勝手に見開かせた目で涙の落ちる先を追うと、そこは得体の知れぬ体液でできた水たまり。
胃液を代表に、その他ごはんやらみそ汁の具やらとの融合でパワーアップを遂げたかつてレバーだった物体は、文字通り目と鼻の先で、僕の五感を執拗に攻撃し続けました。
 あれ以来、うちの食卓にレバーが乗ることはなくなりました。僕がパニックを起こさないようにとの配慮らしいです。情けないとは自分でも思いますが、今でもレバーを見るだけで、あのとき鼻に滞留した逆流物の臭いが蘇り、条件反射で涙が溢れそうになります。

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おぞーにバグパイプ

 レバー事件のあった次の年のお正月、日が暮れるのを僕は待っていました。お正月の夜は、うちではお雑煮タイムです。
 お雑煮に入ると何でもおいしいですよね。あの汁に煮しまった具は何でもすてきな味になります。ニンジンもゴボウもおもちも、しいたけだって……でもその中で一番おいしいのは、いつでもやっぱり鶏肉です僕の場合。
 その日も自分のお椀を手に取るが早いか、浮き世の憂さをすべてを忘れ、もう狂ったようにかき込みました。箸の先などろくに見てもいません。すべての感覚は、口の中に集中していました。
「もち〜〜! うぉぉぉ伸びるぞー。ゴボウもニンジンもぽくぽくするこの感じ! そして次に上の歯と下の歯の間に来たのは……うっひょー鶏肉!」
 ぽさっとした触感と同時に肉からしみ出すジューシーな汁を堪能しました。そしてその次に認識されるべき物体が、口の中の舞台に登場しました。
「次は何かな何かな? なんかくにゃくにゃしてるよな。鳥の皮かな。皮もけっこううまいんだよねー。肉と一緒に食うのが最高だけど……皮だけかな。あれ、噛み切れないよこれ」
 しばらくそれを噛み続けました。同時に噛まれていた既知の食材たちがとっくに咀嚼し尽くされ、のどの奥へと消えて行ってしまってからもです。
「何だろ〜何だろ〜。うーんどうしても噛み切れねーなぁ。くやしいけどあきらめるか」
 最後まで残ったその「くにゃくにゃしたやつ」を指でつまみ、口から取り出しました。
 そしてよく見てみました。
 それが何なのかいまだによく分かりませんが、とにかく紛れもなく「何かの動物の器官」でした。
 バグパイプにちょっと似ていました。
 2センチ四方ぐらいの基底部から管が数本、一列に生えています。管は長さ10ミリ・外径1ミリ・内径0.3ミリぐらいでしょうか。
 その中の、一本の管の先端の穴と、僕は目が合ってしまいました。
 まんじりともせず見つめ合う二人……。
 僕はその緊張に耐えられなくなり、少しの間、目をそらしました。そして呼吸を整えてから、恐る恐る右手の人差し指と親指に挟まれたその物体をしげしげと観察してみました。
「うぇぇ〜〜〜毛が生えてるこれ〜〜!」
 叫びながら、僕は思わずそれをテーブルの上に投げ出しました。
 テーブルに落ちたそいつはくにゃんと変形し、いったんもんどり打ってからぬるりと起きあがり、管をぷるるんと震わせました。その物体の基底部からは、長さ1ミリほどの、テグスのような毛が何本も生えていました。禍々しいその毛は蛍光灯の光を存分に浴び、てらてらと妖しく照り輝いておりました。
 こ、こんなやつがおれの歯で噛まれていたのかぁぁぁぁぁぁぁ!!

 半べそです。

 それから十年ほどの間、この正体不明のバグパイプ似の器官は不定期に僕の夢を訪れては、僕に多量の寝汗をかかせました。そしてそれ以来、僕は食べ物を口に入れる前は、それが何であるのかを必ず確認する習慣が付きました。

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ひざきらびやか

 大学では機械工学を専攻していました。当然内臓なんてものとは縁のない、平穏な日々が続いていました。
 ある日の午後、学内において特別講演が開かれました。特別講師として、隣県の大学の先生がいらっしゃいました。
 僕は、どうせ聞くんならせっかくだから前の方で……と、いい席をキープしました。こういうとき、多くの方々はせっかく聞きに来たというのに遠慮して後ろの方へ座りがちなので、恥ずかしがりさえしなければ特等席の調達などお安いもんです。
 その特別講師は医学部教授でした。なんで畑違いの工学部なんぞに来られたのかというと、その研究内容が機械工学に関係があったからです。人工関節研究の第一人者でした。
 その時分でまだ僕は、自分でこういう体質だとは気付いていませんでした。普段の数学漬けのきつい講義を忘れられると思い、うきうきしてさえいました。
 教授は大まかに研究内容と現状を説明すると、スライドを見せて、具体的に突っ込んだ解説を始めました。
 「えー、ひざを開いた写真です。ここんとこの黄色いのは脂肪です。赤いのは筋肉で白いのは腱です」
 特等席を独占していた僕は、迫力の高画質大画面でその映像を堪能する形勢です。
 「うっ」
 来ました。懐かしいあの感触が。
 僕の目は、そびえ立つ巨大画像の中央部に引きつけられました。赤やら白やら黄色やら、色とりどりのお肉にきらびやかに囲まれた、金属の鈍い光沢。主役である人工関節がその勇姿を現していたのです。その半身を人間の体内からせり出して。
 「うぷ……」
 昼前まではカレーとして学食の鍋で煮られていた半練り状の物質が、胃の中で再び沸騰し始めました。スライド映写のため講堂は暗くなっているにもかかわらず、僕の視界はどんどん白んでいきました。
 僕は背後からの衆人環視のなか特等席を立ち上がり、国歌を聴くアメリカ人のように、胸に手を当てながら講堂を退場しました。誇らしげに胸を張るアメリカ人と違い、僕は口を半開きにして、前に屈みながらよろめいていました。教授と目が合いそうなぐらいのあんな真ん前に陣取りながら、確かに大変失礼なことだとは思いました。でもそんなにいい席でカレー系ゲロなんていう、下から出たのか上から出たのかも判別できぬ代物をぶちまけたらそっちのほうがずっと失礼なので、その時の判断は適切だったと自負しております。
 講堂の外のビニールソファーで横になって回復を待ちましたが、いつまでもそのスライド写真が脳裏を離れず、悶絶していました。
 しばらくするとサークルの後輩が通りかかりました。
 彼とバカ話をしているうちに調子が戻ってきましたが、そのスライド写真の記憶がぼけてくるまでの十日ほどの間、突発的に心に蘇る、鮮烈な「ひざの写真」に夜も昼もうなされました。
 先生、最先端の研究ご苦労様です。あのときは大変失礼いたしました。僕のひざが故障した際には先生の人工関節をぜひお願いいたします。でも中身は見せないで下さいね。先生の白衣を pH キツい液体で汚したくありませんので。

 件の後輩から最近聞いた話では、あのとき大いに盛り上がった話題は「うんこネタ」だったそうです。

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父の容態

 父が入院していたのはおととしの初夏でした。手術に先立ち、担当の外科の先生は母と僕を呼んで、手術内容を説明して下さりました。
 先生は慣れた手つきでレントゲン写真用の表示台のスイッチを入れ、黒いセルロイドのシートを数枚、その上に取り付けました。
シートが挟まってから、表示台の蛍光灯がやっと灯りました。
 CT 画像です。そのシートには、父の胴体の輪切り画像がいくつも並んでいました。
「ええっとお父さんの胃と肝臓は今こんな具合です。ここのところが見ての通りちょっとあれでして……」
 先生はボールペンを指示棒に使いながら、状況と手術の方針をてきぱきと説明を続けます。先生のおっしゃることは半分ぐらいしか分からなかったけど、僕らはふんふんとうなずきながら、少しでも多く理解しようとつとめました。
「他にもここ。動脈瘤があるでしょ。ちょっと分かりづらいけど、ここ、ここですほら。影になってるとこあるでしょ……」
 だんだん、だんだん、僕の頭は旋回を始めました。目の焦点を合わせるのさえ億劫です。先生の邪魔にならぬよう、頭の旋回を押さえることに集中していたからです。ふと横を見ると、母は相変わらず先生のお話を注意深く聞いています。先生もはじめと変わらぬペースで話を進めています。
 先生は指示棒を机に置き、今度はノートに絵を描いて見せてくださいました。
「ですからね、今回の手術ではここの管をこうやってこっちにつなげて、こっちからこっちまでは切除することになります……」
 さらさらと描かれたその臓器たちの絵は、さすが日頃から現物を見たりいじったり切ったりつないだり縫ったりしている人の手によるものらしく、シンプルな線にもなかなかリアルなタッチを帯びていました。
 ひざ事件の時と同じように、僕の視界が少しずつホワイトアウトしてきました。指先もかなり前からしびれています。しかしひざの時とは違い、この場を中座するわけにはいきません。でも……。
『あ、あぁ、もうだめ。もうこれ以上は……せ、先生……』
 正直に告白しようかと悩んだその時、
「では後で同意書の方、お願いしますね」
 ぷひゅう〜〜。
 その部屋を去っていく先生の後ろ姿に頭を下げながら、僕は溜飲を下げました。
「いやーああいう(内臓系の)話はつらいよ」
と僕が切り出すと、母は、
「ほんと。こんな大手術、大丈夫かねぇ。お父さんも歳だからね」
と、なかなかエッジの効いたボケをきめてくれました。
「そうじゃなくてさ、……」
といくら説明しても、母は全く何のことやら分かってくれませんでした。
僕のこの感覚、母方からの遺伝ではないようです。

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きん〇ん漬け

 父の手術が成功し、傷口がふさがるまでの入院中のこと。夕方家に帰った母は、その日、頂き物があったことを僕に伝えました。
「これね、岩手名物のきん〇ん漬けっていうんだけど、食べたことあるかい?」
「知らね。どういうの?」
 母は「きん〇ん漬け」と書かれた箱を開けました。箱にはいくつかのバリエーションの「きん〇ん漬け」の袋詰めが入っていました。その漬け物は、大根か何かをくり抜いてゴボウや細切りのニンジンなどをそこに詰め込んで漬け、輪切りにして食べる漬け物でした。
 そのパックは、既にスライスされたものがペッタンコのビニール袋に入っており、大きな金太郎あめみたいなのがたくさんこっちを向いているような感じでした。僕は思わず別なものも想像してしまい、「これはウケる」と確信したまま、それ以外のことをろくに考えもせずそのまま口に出してしまいました。
「これ CT の画像に似てない? しかもご丁寧にフルカラー!」
 僕と母はもう、台所のテーブルを叩いて大爆笑でした。
 その直後。
 嗚呼、愚かな僕はその「きん〇ん漬け」に目を奪われました。目を向けてはいけないと、意識が無意識を押さえ込もうとしたそのタイムラグ中に、記憶にある CT 画像と目の前の漬け物の輪切りが、脳内で見事に重なり合いました。あたかも立体写真のように……。
 僕の心の奥底に、飛行帽とゴーグルを着けた、痩せぎすな赤鼻男が現れました。
 「ポチッとな。あっ……こ、これは自爆装置のボタンでしたぁ〜〜!!」
 「ぐぷむ・・・」
 爆圧で僕の右の目と左の目は、一瞬あべこべ向きになりました。
 そしてその衝撃で、僕はもう「きん〇ん漬け」を食べられない体になってしまいました。

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アボカド侍 桃太郎の傷跡

 お寿司で、「カリフォルニア巻き」というのがありますよね。
 かっぱ巻きみたいだけど、キュウリじゃなくてアボカドが巻いてあるやつ。
 「ウニみたいな食感」が売りだそうだけど、僕は、似ているけどちょっと違うものを思い出してしまって、なかなか素直にあのお寿司を楽しめません。

 ある日曜日、外で遊んでいたら、左手の中指にとげが一本刺さりました。
 5年生の頃だったかと思います。 とげは真っ直ぐに刺さっており、とげ抜きを使っても奥に入り込むだけで、全然取ることが出来ませんでした。痛痒かったのですがしょうがありません。その晩、患部にはオロナインを塗り、絆創膏を巻き付けておきました。問題の患部は人差し指に面した部位で、ものを掴むときなどでも直接ものに触れるところではないので放っておきました。
 『きっといずれ血の中に溶けて流れてしまうだろう』
 僕は簡単に考えていたのです。
 その晩、テレビでは「桃太郎侍」が流れておりました。うちの家族はいつものように、揃ってこの人気時代劇を楽しみました。
 一週間、一日に一度ほど、僕は患部をろくに見もせず、無造作に絆創膏を貼り替え続けました。面倒だったので、オロナインはもう塗りませんでした。痛痒いのは当たり前になって、ほとんど忘れていました。
 そしてまた桃太郎侍の時間です。この週もまた家族揃って桃太郎の活躍を楽しく見ていましたが、クライマックス大乱闘直前のコマーシャルでふとテンションが抜け、その拍子に、とげのことが急に気になりました。
 『そういやちょうど先週の今日だったよなぁ』
 患部は良くなるどころか、日に日に痛みを増していることを思い出しました。「気になる」から「不安」まで、気分が変わるのは一瞬です。
 「ひとぉつ人の世の生き血をすすり」
 高橋英樹が、頼んでもいないのに雰囲気を盛り上げてくれます。
 恐る恐る絆創膏を外し、じっくり観察してみました。
 「ふたぁつ不埒な悪行三昧 」
 とげの刺さっていたところには、直径1ミリほどの、ヴィヴィッドな黄緑色の「丸」がありました。
 「みぃーっつ醜い浮世の鬼を」
 その「丸」が皮膚から少しせり出していたので、思い切って右手の爪で摘んで、引っ張ってみました。
 「退治てくれよう、ぁ、桃太郎」
 ずぽっ。
 あっけないほどやすやすと、その「丸」は指から抜けました。
 「ええい曲者め、出合え出合え!」
 一瞬、 指に空いた穴の底に、骨らしきものが白く見えました。
 テレビからは、桃太郎侍が踊るように悪人を斬って斬って斬りまくるサウンドが轟きます。
 「ズバッ、ぎぇぇぇ!」
 よく見ようとしましたがすぐに周囲からにじんだ血がたまり、黄緑の丸が抜けた白い穴は、まっ赤になりました。
 「ドピッ、ぐわぁぁぁ!」
 右手の爪の先に目を移すと、直径1ミリ・全長4ミリほどの、円柱状の膿がそこにありました。とげを核に、その周囲が化膿したようです。
 「キィーン、グサッ、うぎゃー!」
 膿の中にとげがまだ残っていたかどうかは、覚えていません。
 「バァーン(ふすまが外れる音)、うわわー(びびる雑魚)、バギッ(峰打ち)、がはっ……」
 患部に目を戻すと、穴から血がこぼれんばかりに盛り上がっていました。
 「た、助けてくれ、カネならある。ほ、ほれここに。ジャラーン(小判を蒔く音)、ドガッ、むぐうぅ……」
 桃さんが正義を完遂したところで、町方同心が御用提灯を連ねて押し寄せ、テレビの方は落ち着きを取り戻しました。
 僕はお江戸八百八丁に平和が戻ったことには安堵しつつも、左手の中指を岡っ引きの犬笛のようにくわえ、『指に穴が空きっぱなしになったらどうしよう』と恐れおののいていました。
 膿混じりの血の味が、口の中いっぱいに広がっていました。吸っても吸っても、血は指の穴から流れ出て来ます。
 『江戸時代も、とげが刺さることぐらいあったろうな。穴、空いたかな桃さんも。もし穴が空きっぱなしになったら、とりあえずシャープペンの芯でも入れてみようか』
 僕は、意味のよく分からない期待と不安にさいなまれていました。
 その後何事もなく、穴は肉で元通りに埋まる形で完治しましたが、今でもかすかに傷跡が残っています。

 白いご飯の真ん中に、鮮やかなイエローグリーンのアボカドが丸く見えるあの寿司の断面を見ると、次にはどうしても僕の目は、指の傷跡に向かってしまいます。
 そして桃太郎侍が、僕の心に語りかけるのです。
 「ひとぉつ人の世の生き血をすすり……」
 食べようとすると、すすった血膿の味とあの時の密やかな修羅場の光景とが走馬燈のように思い出され、どうにも素直に楽しめません。

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必殺メリケン仕事人 洗髪派

 テレビって、お茶の間にいきなりとんでもないものを見せつけますよね。
 夜中に友達の部屋で飲んでいたんです。ケーブルテレビの洋画を観ながら。
 アメリカもののマイナーそうなテレビドラマでした。 観ていたら、画面の中で、ゲロマブ(死語)なネーちゃんが男子トイレに入って行きました。そこでは若い男が小用を足していました。
 「ありゃ、変態女だ〜」
 僕らはもうすっかりきこしめして、何を見ても楽しくてしょうがありません。
 彼女、おもむろにハンドバッグからラジオのアンテナ状のものを取り出し、「ツクツクツク……」と伸ばし始めました。
 「何それ武器?それとも先生? うははははははは」
 いきなり彼女がその伸縮棒を男の背中に突き立てると、男は「うっ!」と短く悲鳴を上げました。棒は「ポケット槍」の設定だったようです。
 「あははは、なんじゃこのドラマは!!」
 僕らは片手で画面を指さし、もう片手で膝を叩いて無邪気に爆笑です。
 僕らの差す指の先で、女が槍を引きました。すると、肝臓(?)がその先に突き刺さったまま男の体から出てきました。槍で空いた細い細い穴で窮屈そうに身を縮めていた臓器が、四次元ポケットから出てくる22世紀の道具のように、ぐにゃりと広がって目の前にしっかりとアップで出現しました。
 にゅっ、ぷりゅりゅん!!!!
 その悪夢の光景に、僕の方が「うっ!」でした。
 彼女は槍を元のように縮めてハンドバッグに入れると、便器に顔を突っ込んで絶命した男にニヤリと笑いかけ、トイレを後にしました。
 「結局何のドラマだったのか」って? 知りませんそんなこと。
 途中から観たし、その直後には既に僕は友達のトイレで、例の男と同様、便器に顔を投げ入れて悶絶しておりましたので。
 アルコール漬けの焼き肉が便器のたまり水に落ちるたび、
 「べちどぷべちどぷべちどぷべちどぷ」
 と歓喜の音を立て、鼻先で踊っていました。喉も奥の方から鳴っています。
 「み゛る゛み゛る゛み゛る゛み゛る゛」
 うめき声を上げながら嘔吐したので、便器の中ではいろんな音が混じり合い激しくこだましていました。
 「あ゛み゛る゛どぷあ゛み゛る゛べちあ゛み゛る゛どぷあ゛み゛る゛べち、ひゅー(吸気)はー(呼気)ひゅーはーひゅっ…(間)…ぅうううううぅあ゛み゛る゛どぷあ゛み゛る゛べちあ゛み゛る゛どぷ、ひゅーはーひゅーはーひゅっ……(気が済むまで繰り返し)」
 自分の体が奏でる素敵な交響曲を、この上ないサラウンド効果で堪能させられました。

 今でも、床屋の洗髪で陶器の流し台に顔を入れると、自動的にあのテレビドラマを思い出してしまいます。 そして、指を喉に入れてでも何か音を発しなければならないような、そんな無意味な義務感に駆られてしまいます。

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鉄管

鉄管

鉄管


 ご読破、ご苦労様でした。
 いかがでしたでしょうか。存分にご気分をお悪くしていただけたでしょうか。その前に、テキストだけで読みづらかったかもしれませんが。
 え、こんなのよりもっとすごいの?
 そういう方々は、レンタルビデオなんかでもっともっと強烈なのがたくさんあるでしょうから、そちらの方をお楽しみください。
 え、背景色がキツい?
 色合いがちょっとアレなのは「気持ち悪くするため」ってことで割り切ってください(笑)。 はじめは肝臓の色をモチーフにしようかと思ったんですが、それだと暗くてめちゃくちゃ読みづらかったので、明るめに設定してみました。
 さらにこの文章を封切り公開したとき、友達数人から「まだキツすぎて一気に読めない」と言われちゃったので、またちょっとゆるめにしたつもりなんですが……。

 では、これに関するネタはもう打ち止めです。一気に大放出できて、僕はもうかなりすっきりしました。
皆さん、僕のわがままにここまでお付き合い下さいまして、大変ありがとうございました。
 お帰りはお気をつけて……。
 あ、足元ふらついてますよ。